あざなえるの命を売ります

命のファンディングは可能だろうか。
つまり、ここで100はてブ集まらなかったら死ぬというファンディングだ。

私は「もうはてなに書かなくていいよ」という許可が下りたらさっさと終わりにしてそうなくらい、書くのを面倒だと思っている。
はてな民に期待されているとも思えない。

もう私の能力ではじゅうぶんすぎるぐらい村には貢献したと思っている。
増田いじりも釣り行為ディスもびっくりするようなのまで書いていじって燃えた。
すばらしいスターがあった。そしてすばらしいブクマも。炎上も釣りも最高だった。

1年以上が過ぎた。そこでブクマに問いたいことがある。
今から誰のために書こうか。
そしてその「誰」氏はブクマを付けてくれるだろうか。
私はそんなはてな民コネクションを大事にしてきただろうか。
そんなテストをしたい。絶望テスト。

私は管理人という。ブロガーである。
パトレイバー、警察と正義と押井守 - あざなえるなわのごとし
「題名のない音楽会」でノイズミュージック特集をやったのにノイズミュージックを解説した記事が見当たらないので書いてみる - あざなえるなわのごとし
Presso教えてみた - あざなえるなわのごとし

などの記事の著者だ。

さまざまなめんどくさそうな記事でホテントリしたり、サードブロガームーブメントを観察したりした。
もしも管理人が生き続ければ、こんな活動をゆるゆると続けていくだろう。

この記事は1記事1ブクマ。
この記事をブクマする意味は「あざなえるがいるはてな」をブクマするということだ。

100人のブクマラーがいたら「あざなえるのいるはてな」はあなたの元に現れる。
まあそこはいい。

100人ブクマされなかったら? 
あなたがブクマしなければ?
あなたは「あざなえるのいないはてなを見る。
私はあなたがたから、「もう書かなくていいよ」というお墨付きをもらったということになる。
「ネットからいなくなっていい」
あなたにそう言われたことになる。

だから私はブログを辞めよう。
あなたの望むとおりに。
あらゆる文章の発表を辞めよう。
noteも辞めよう。
「管理人」というペンネームも捨てよう。
あらゆるブクマのタグ付けを断ろう。
それで実質的にネットのあざなえるは「死」を迎えるだろう。

その後は、deliciousだかなんだかわからないところでこっそりブクマし、別の人格として、ネットの片隅で半人半機のスタンドアロンなブクママシンとして生きることにしたい。

手軽に決断をするにはいいツールだと思う。
さて、どうかな。

期限は、とりあえず1ヶ月。

私はあなたにとって必要ですか?


この記事は無料です。
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金額 0円 ブクマ1回


※この記事は本歌取りフィクションであり、ブクマはご自由に


佐々木あららの命を売ります | 佐々木あらら | note
歌人佐々木あらら氏がnoteで「1人500円で50,000円集まらなければ歌人をやめる」と投稿した。

100人現れたら辞めない、つまりこのひとにとっての「クリエイター」としての存在意義と価値は「人数」だしその閾値は「100人」で「5万円」なわけだ。

100人の500円払うお客さんがいるなら存在する価値があるのだ、と。
ニヒリズムが横溢して実に卑屈な思考が安いね、どうにも。

クリエイターってのは自分の中に何かがあってそれを発表したい、発現したい、見せたい、という内からの力に従って具現化してるひとが多いだろう。芸術家と呼ばれるひとは特にそうだ。
誰かに頼まれ、誰かのために書いてるわけじゃあない。

存命中は評価されず困窮し、しかし活動を続け、死後に評価された芸術家は大勢いる。生きてるうちに評価されるなんてとても幸せ。
しかしこの方は
「みんなが評価してくれないなら辞める」
と駄々をこねて見せてる。
自分の存在を人質にとって脅して見せている。

彼女が「アナタが別れるって言うならあたし死ぬから」って言ってるようなものだ。
……めんどくさ。


辞めたきゃ勝手に一人で辞めればいい。
それを決めるのは自分自身。

芸人を辞めて田舎に帰った。
芝居で食えないから就職した。
詩人では儲からないからバイトから正社員になった。
「それではみなさまさようなら」

みんな誰かに決めてもらってるわけじゃない。
自分の人生は自分で決める。
誰も他人の人生の責任なんて持たない。知ったこっちゃあない。


もし「10人買ったら辞める」じゃあ、フォロワー300人超えてるし辞めない可能性が高いだろう。
でも「1,000人買ったら辞める」じゃ可能性が全然ない。
だから「100人買ったら辞める」にしてる。
フォロワー300人だから上手く行けば生き残れるのだろう。
辞める気満々なら1万でも10万人でも設定すればいい。


自分の価値を相対化したいならご自由に。
辞めても辞めなくてもどっちにしろ結果に興味がわかない。
たとえ一人でも、自分の書いたことを喜ぶ相手がいればそれを続ける奴もいる。

100人買って辞めなきゃあ、でもその程度の価値感しか持たない人間の歌に興味はない。
100人買って辞めれても、数週間もすれば忘れられる。


残念ですが、このブログはまだ続きます。

わけのわからぬことばかり、やってるうちに別れのときが
いつの間にやらやってきた
グッバイ、再見、さよなら、アディオス
また会う日までララララ、ヘイ!

via ザ・ダッシュ

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