ミステリの基礎知識:新本格ミステリって何?

好きなミステリ小説を紹介するので面白いミステリ小説を教えてほしい - Mokosoft開発者ブログ

そんなわけで、自分の好きなミステリ小説を紹介して、傾向をばらしていくので、見知らぬ人が「そんなあなたにはこれ!」と面白い小説を教えてくれることを期待してみたいと思います。

作家単位でまとめていきます。

んー。
んー。
んー。
我孫子武丸の評価が低すぎるやん。

ということで我孫子武丸氏について書こうかと思ったんですが、それ以前に
「新本格ってそもそも何?」
から始めてミステリの基礎をざっくり語ってみるのも面白いかな、というミステリ語り第一部。
ミス板を覗くような方々にはどれも普通のことなんですが、こういう流れを知らないひともいまどきは多そうなので記事にしてみます。

※新本格ミステリ初心者向け、軽いものなのでミス板常連お断り




【スポンサーリンク】





新本格ミステリとはなんぞや?

今でこそよく「新本格」と言われますが、もちろん造語です。
ざっくり主観的に書きます。


ことの起こりは国内での社会派サスペンスの隆盛。
いわゆる松本清張とかですね。
犯人当てなどの古典的なミステリはあまり見向きされない古臭いジャンルと認識された時代。
鮎川哲也、連城 三紀彦、泡坂妻夫氏らは、活発に活動していましたがメインストリームは社会派サスペンスでした。
りら荘事件 (講談社文庫)
戻り川心中

そんな1980年代後半、「新本格宣言」を島田荘司氏がオルタナティブにブチ上げます

一、事件の舞台は、孤島なり、吹雪の山荘なり、悪天候によって当地へ至るルートが切断された「閉鎖空間」である。すなわち事件発生後は、上映開始後に扉を施錠される映画館のようなもので、登場人物の出入りは許されず、許されるなら警察も排除されるので、先進の科学捜査のメスが入る余地はない。したがって、昔ながらの論理思考によって不明の犯人を推理する必然性が保証される。


二、事件は、施錠可能の西洋式ドアが付いた各部屋を持つ、プライヴァシー重視型の人口構築物内、もしくはその周辺である。


三、ここに居住、もしくは招かれた人々は、小説の冒頭で、全員がきちんと読者に紹介される。この紹介にも確立したルールがあり、若者が老人に変装しているような人物は、「老人」と描写してはならない。むろん犯人は必ずこの中におり、これらの人々は、ひと癖ありそうな、怪しげな住人たちであることが望ましい。


四、いよいよ事件が起こるが、これは血塗られた惨劇で、しかも密室内であることが望ましい。むろんこの段階で犯人が割れるようなストーリーは論外である。


五、ここへ探偵役が、外部から招かれて登場するが、彼は最初の段階から惨劇の館内にいることもある。


六、惨劇は複数起こる。しかし犯人は依然不明である。この段階で、探偵役の推理が、思い違いも含めてしきりに行われる。これと並行し、読者も彼と推理を競うことになる。


七、探偵役により、最後に犯人が指摘されるが、これは読み進んできた読者にとって、必ず意外な人物でなくてはならない。繰り返されるこの限定されたストーリーの枠組の中で、作者は知恵の限りを絞って、犯人のこの意外性を毎回演出しなくてはならない。これを達成しなくては、その作品は大きな成功作とはみなされない。

島田荘司/本格ミステリー宣言 2 ハイブリッド・ヴィーナス論

これらを読むと解るんですが、新本格とは「古典的な本格ミステリのコード(お約束、定番)を意識しながら現代風に書かれたミステリ」を指します。
ですから何でもかんでも今のパズラーミステリを「新本格」と呼ぶのは誤用なんですね。
たとえば綾辻行人氏の館シリーズにしろ十角館でも上記の要綱は守られています。
十角館の殺人〈新装改訂版〉 (講談社文庫)

「社会派もいいけど、犯人当てだって面白いんだぜ!」

島田荘司氏の新本格宣言に乗って講談社から「新本格作家」として綾辻行人、有栖川有栖、法月綸太郎らが登場します。
これら作品の隆盛によって新本格ムーブメント(第三の波)が起きることになります。

黒い水脈

さて、そんな新本格の流れの中、別の流れがありました。
それは埴谷雄高が黒い水脈と呼んだ作品群。
こちらはtopisyuさん上梓記事に挙げたものなのですが、今でいえば「メタミステリ、アンチミステリ」と呼ばれるもの。
topisyuさんへの供物 「メタ・アンチミステリ」まとめ - あざなえるなわのごとし
黒死館殺人事件
ドグラ・マグラ
新装版 虚無への供物(下) (講談社文庫)
小栗虫太郎「黒死館殺人事件」、夢野久作「ドグラマグラ」、中井英夫「虚無への供物」
これらミステリの構造を持ちながらミステリのコードの否定、あるいはミステリという物語自体を否定して見せる。
ある種、幻想小説的な読み口を持ち、大伽藍と衒学に彩られた異形の作品。
そしてこれらを受けて書かれたのが1977年の竹本健治のデビュー作「匣の中の失楽」になります。
匣の中の失楽 (講談社ノベルス)
物語自体が物語を否定するという構造は、黒い水脈に連なるメタ・アンチミステリの後継。

そして、その衒学さと幻想小説のような読み口を受け継いだのが1994年デビューの京極夏彦になるわけです。
姑獲鳥の夏(1)【電子百鬼夜行】

京極堂のシリーズはよく「ミステリ」「新本格」だと言われますが、京極堂が行っている憑き物落としは、事件を解体し再構築することで見えないモノを見えるようにしているので、確かに「謎など無い」。
それに榎木津礼二郎の「見える」能力はミステリですらないファンタジーであり、推理の過程をすっ飛ばすアンチミステリ。
そして全体としては「新本格」の要綱を満たす本格のコードを必ずしも意識しているともいえず、これもどちらかといえばメタミスやアンチといった黒い水脈に近いものを感じる。
ところが今では「現代書かれたパズラー型ミステリ」はすべて新本格と呼ばれてるんですね、これが。

メフィスト

新本格ムーブメント隆盛のさなか、講談社が1996年に「メフィスト賞」という新しい賞を立ち上げます。
受賞すれば即講談社ノベルスからデビューする、という賞。
1996年 第一回受賞者は森博嗣「すべてがFになる」
すべてがFになる THE PERFECT INSIDER (講談社文庫)


メフィスト賞は

「究極のエンターテインメント」「面白ければ何でもあり」を売り文句にして作品を募集しており、第1回受賞者である森博嗣の『すべてがFになる』が、工学部の研究者たちが活躍する新本格ミステリであったのに対し、続く第2回受賞者清涼院流水の『コズミック 世紀末探偵神話』が、既存のジャンルに分類できない奇抜で長大な作品、第3回受賞者蘇部健一の『六枚のとんかつ』は下ネタやギャグが満載されたバカミスであるなど、「一作家一ジャンル」と呼べるほど個性的な作品が集まり、受賞作家は「メフィスト賞作家」と呼ばれることもある。しかし殊能将之、古処誠二など、本格ミステリの書き手も多く受賞している。

Wikipedia/メフィスト賞

この「なんでもあり」だったせいで蘇部健一「六枚のとんかつ」のような探偵ナイトスクープのネタそのままをトリックにした短編だとか、清涼院流水「コズミック 世紀末探偵神話」などというあざとい作品らを輩出し、同時にこの賞だからこそ既存の枠にはまらない作家を生みだすことにもなる。
六枚のとんかつ (講談社文庫)
ただ、その当たり外れの多さから「ミステリ番外地」「地雷原」「ミステリの極北」と呼ばれるとこになるわけだけれども。
ホームランもしくは三振……どころか場外乱闘で退場くらいの作品がぞろぞろ出てくる。
乾くるみの(「イニシエーションラブ」でお馴染み)「Jの神話」は本気で壁投げ。
中島望 「Kの流儀 フルコンタクト・ゲーム」は格闘小説。ミステリ……?
高里椎奈「銀の檻を溶かして」なんてラノベとミステリの融合。汀こるものもメフィスト賞出身。
アンノウン (文春文庫)
メフィスト賞は、森博嗣、殊能将之、古処誠二、舞城王太郎、佐藤友哉、西尾維新らを生み出してもいる。
今のラノベやサブカルチャーに与えた影響はとても大きい賞だともいえるでしょう。


まぁ、リアルタイムでアタリかハズレかも解らず凸撃してた身としてはたまったもんじゃない賞だったわけですが。
おかげでハズレも山ほど読んだし、アタリも山ほど読んだわけです。


とりまこの程度の「新本格」「メタ、アンチ」「メフィスト賞」知識で今の「ミステリ」を構成してる要素はざっくりわかるかな、という感じなのですが。

これが序文、次からが本番です。
新本格ミステリの話をしよう