「自由恋愛」という馴染まない輸入品

※以下、主語が「欧米」と雑ででかいですが、言及先がそんな感じなので比例してます
菊と刀 (講談社学術文庫)
「空気を読むから日本人はモテない」とフランス人の友人が言った - 幸せな人生を送るための手帖
外国人の友だちに聞いた「日本人女性は空気を読めと言う」話。

これって果たして
「日本人ガ―」
「日本人女性ガ―」
「日本人男性ガ―」

なのか、どれなのかね。
序盤は確かに「日本人女性」の話なんだけれど、途中の「空気を読む&空気を壊すの使い分けについて」からは主語が「日本人ガ―」に拡大してる。
じゃあ前半と中~後半は違うのかしら?

文化の高低

この話題の「空気読め」が果たしてどういう場のどういうシチュエーションでか?と言うところで全く意味性も変わってきそうだし(漠然とし過ぎて何とも)それに「国際基準からすれば日本はー」というのはありがちな話。
だって海外から日本に来た外国人のお方がゴリゴリ空気も読まないのは、それはそれで「うーん文化って違うよなー」と思ってしまう。
そーいえばライブを見にいって折角早く入って最前列にいるのに、力任せで押しのけてきたりするのはそんな外国人の方ですけどね(経験ありますけど)。
もし、あーいう「順番とか空気関係なく力任せで勝ちとるのが正義」ってのも欧米文化と言うのならそんなモノはいらないです。

それを置いても、とりま感じるのは
「じゃあ空気を読まないコミュニケーションの方が上等なのか?」
と言うことですね。

いわゆるハイコンテクストとローコンテクストの話だけれど、最近は
「欧米文化は素晴らしいのだ」
「空気を読め、なんてありえない」
「日本はコミュニケーションベタだ」

と思考停止して欧米文化マンセーで言われる。

米をくえ

建築を見ればわかるように、そもそも狩猟民族と農耕民族の差で石壁の家と木と紙で出来た家では空間も全く違う(地震の多い国というのもある)。
仕切りを外せば全ての空間が繋がる、そういう柔軟性を日本の建築は持っていて、精神的にも日本人はそう言う柔軟な文化を持っていたんだけれども、最近はいろいろと欧米化近代化してそういうモノが失われつつある。
欧米化ってやつですかね。

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「日本は恥の文化、欧米は罪の文化*1と言いますけれど、日本では「空気を読む」から恥が機能する。
欧米は、キリスト教の下でいつでも神が見ているという「罪」を抑制として社会を形成させ、日本は「恥」が社会で抑制をになってきた。

日本は、個人ではなく集団や社会を優先したからこそ「恥の文化」が成功し「空気を読む」と言う文化が発達した。
欧米は個人主義で押しが強く、日本人は空気を読んで主張できない。
確かにグローバルスタンダードであればそれは「押しが弱い、主張が出来ない」と劣るものとして見られてしまうものなのかもしれないけれど、少なくともそれは社会システムにおいては必ずしも「劣るもの」ではなく同じ文化圏であれば高等な文化の筈なんですよ。
ただ近代化や欧米化によっていろいろと齟齬が生まれ来つつあるんだけれども。

とはいえキリスト教文化圏の「グローバル」スタンダードと日本のスタンダードはそりゃあ違いますよ。


そのクセ、欧米から観光客がやってくると
「何と美しいんだろう」
「日本の文化は素晴らしい」
と異文化を褒めたりする。
陰毛は剃ってないからと貶すのに。

不立文字

でもその褒めてる異文化はキリスト教文化圏に無かったからこそ花開いたのですけれどもね。
禅だの詫び寂びだの。

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ZENなんて一時期ブームになってましたが、あれほど「空気を読む」モノはなかなかキリスト教圏には見られない。
禅宗では、僧侶に向かって「犬に仏性はアリやナシや?」と聞けば頭の上にわらじを乗せて歩いて行ってしまう*2
「言葉で伝わらないモノを読みとれ」
それが不立文字。
日本らしい文化っちゅーのはだからこそ発達した。

大家族と一人っ子

もともと島国の日本と違いさまざまな国が隣り合い文化が違う種族がいる欧米では、コミュニケーションとしての言語が重要で、だから言わなきゃわからないし、オレのモノはオレのモノとはっきり主張しなきゃあ負けてしまう。
大家族と一人っ子の差ですよ。

アメリカはだから銃社会になったし、いつまでも「オレがオレが」の国だから、ライフル協会はどれだけ乱射事件があっても衰退することはないし、誰も空気を読まずに己の権利を守るために日々トリガーハッピーに銃は撃ち続けられ大人も子供も毎年銃で死ぬ。
ところが島国だった日本ではそんな外敵からの侵略もなくてだから閉鎖的なコミュニティ内での「空気を読め」と言うモノが発展した。

文化が違うんだからそれは「空気を読む/読まない」の違いはあって当たり前。
たしかに郷に入りては郷に従え、じゃないけれど海外でやってくなら押しの強さも必要でしょう。
でも、どちらが優劣じゃあない。


何回か書いてますが日本に自由恋愛とか恋愛至上主義が入ってきたのは明治前後ですから。

自由恋愛自体が欧米文化で育ち日本に入ってきた「輸入品」であって、そりゃあ日本人は「自由恋愛」がヘタでしょう。
「愛(アガペー)」もキリスト教*3
いつまで経ったってクリスマスもバレンタインデーもハロウィンもしっくりこない。
お正月は、なんだかんだ上手く過ごせるけど。
日本の祝祭日やそういった行事的なモノで男女の恋愛に関するモノが無いのは文化的に自由恋愛が無かったからこそ、ですかね。
とはいえ、そーいうのは商業主義で曲がっちまってるって側面は否めないですが。
ともかく(主に)恋愛をしないで結婚する、ってのが昔の日本でした。戦後に強制された文化によってやり直した日本は和洋折衷で随分とごちゃごちゃしてしまったわけですが発展を得た代わりに、柔軟な日本人は欧米文化すら日本流にして取り込んだ。
だからこんなおかしな国になってる。

日本人女性にモテりゃあそれでいい

※この記事の趣旨として。

日本人をディスって外国文化がいい!と言ってる海外被れだと勘違いされがちですが、そんなつもりは毛頭ありません。文化に優劣などありません。単に「外国と日本の比較から、俺たちが改善出来るところを見出して、より良くなれるように意識しようぜ」という観点で記事を書いています。

でもそういう風には読めないからいろいろとコメントが付くんだと思いますけどね。
この記事を読んでると「(外国人の友だちが)俺らと付き合いたいなら空気を読めとか日本文化を言い出してんじゃねーよ」と上から言ってるように見える。
どちらの文化も優劣ないですよ、なんて読めないですけど。

それに日本の文化圏において日本人が「改善」「よりよく」する必要が果たしてあるのかないのか、という話でもありますし。
「これはあくまでも海外においての話なんですが~」と前置きすれば全然違うのに。あくまで「欧米文化の中で生きていくために適応させるべき点」であって、絶対的評価として文化を「改善」「よりよく」と言えるのか否か、ですね。


ウチは、ガツガツした欧米の文化よりも日本の文化好きですけどね。
キチンと正直に落とした財布も警察に届く、荷物を置いてあっても盗らない。(確かに後者は不用心だけど)そんな国はレアですし、そんな油断も隙もある日本は嫌いじゃない。

グローバル・スタンダードかなんか知りませんけど。
そーいうのは海外に出る用事があれば考えますわ。

筋肉少女帯 - 日本の米 1989 - YouTube


ま、陰毛処理してないだなんだなんて話は触れたくないのでこの辺で。
「空気の研究」が積読なんで読み終わったらまたいずれ。

前にも書きましたがウチは、日本人女性にモテりゃあそれでいいんです。
「空気」の研究

*1:菊と刀」がいろいろ言われるのは知ってますが

*2:京極夏彦鉄鼠の檻

*3:神から人間への愛