人生にとって有意義なお金のつかいかた

評価経済社会・電子版プラス
究極の節約-買わないのが一番安い - おうつしかえ

どうやったらお金が出ていかないのか。
どうやったらお金が貯まるのか。

読んだ。

お金は、目的ではなく手段。
お金持ちになりたいんじゃない。
お金をいっぱい使って買いたい、散財したい。

使えない金に意味はない。
ミダス王が触れるものすべてが黄金になったって話でも、黄金は使えるからこそ価値が発生するので、触って全部が全部金になるだけなら金なんていらない。

その服を自分が感じる価値相当に見合って使えるかどうかは自分次第でしかない。
引き出しの中やクローゼットの中を見ると、買ったのはいいけれど、食べないもの、使わない調味料、着ない服、使わないスカーフが我が家にはあふれていました。

これ、全て買わなかったとしたら・・・・
ああ、計算したくないっ!!!

気持ちはわかりますけども(ウチも本とかCD売ったら36万だったかな...確か)その「使わなかった」のは自分なのだから「買わなければ」じゃなく「使っておけば」ですかね。

金を使って旅行に行きいい経験をしたなら「よかった」という感情と経験(記憶)が価値になる。
もし金を使って、そのとき、そのモノに価値を感じるならその金を使った「今」時点で価値は得られてる。
「欲しい」という欲求や感情、衝動と「購入する」行為の対価として金は機能した。
欲しい服を買い満足したなら、その時点でその金で価値を得たことになる。

その対価はその服の経年を保証しない。
お気に入りの服が破れても、それはその時点で自分の責任。箪笥のこやしにしても古着屋に売っても。
映画館でお金を払うのは「映画館で映画を見るため」の権利であって、映画の中身や環境までは必ずしも保証しない。ワキの臭い外人の傍だからって文句は言えない*1
どちらにしろ金は単機能的に「欲望や行動の対価」としてしか機能しない。


目的と手段が混同されてしまうのって
「ダイエットするぞ!」
って言うダイエットが結局「何のために」という目標部分が空白のままだから続かず、仮に「○○キロやせる」という目標も、でも「○○キロやせる」というのは「○○キロやせる→だから?」が無いから続かない。
○○キロやせるのはいいけどそれはいつまでなのか、何のためなのか。
年をとれば代謝も体格も変わるのにどう適応させるのか。

ダイエットと言う行為は目標じゃなく手段。
個人的には昔「体脂肪率ひと桁にするぞ!」と思い7パーセントまで絞ったけど、だからって何があるわけでもなく普通に戻った。
そりゃあEXILEみたいにステージに上がるという目的があるならまだしも、日常生活じゃ体脂肪率ひと桁なんて何の役にも立たない。
もともとやせ形だし周囲に気付かれもしなかった。

目標ってそういう当座の数値じゃなく「○○するために」という行動目標がないとならない。
貯金も手段。

「旅行するために○○万円貯金する」
「あの服を着るために○○キロにする」

そういう具体的な目標が人間の行動を支える。

「お金を貯める、使わなければよかった」は立派だけれど、貯めた金はまた別の何かに使うだけで単に配分の仕方にすぎない。
人生で得られる金をどれに振り分けるのか?と言う話。
モノに使うのか、コトに使うのか。

今日と同じ明日が来ると信じてるから金を残したいと思うけれど。
でも昨日と同じ今日今日と同じ明日なんて保証されてない。


目標は何ですかね。
死んでから金は使えませんし、人間が生きる時間は有限ですから。
あとになって無駄と思うかもしれない服でも、その場で「欲しい!」気持ちを解消させるならそれは意味がある。

何に生きている価値の錯誤を感じ、その対価を配分できるか。
有意義と言う「意義」は自分がそれに対してそう思えるかどうかなのであって、だからAKB総選挙でまゆゆを1位にできたのならそれに使った対価はその時点で「意義」はあったことになる。周囲からどう思われるかは関係ない。

有意義」というのは「いかに行為に意味を感じ取れるように錯覚できるか」と言い換えもできる、と言うのは物質文明に染まった自分へのいいわけ。
最期に「私の人生は素晴らしかった」と言えるように使いたいものです。


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でも、今週買い物するつもりだしなんも言えねぇ……。
そのときどきで無駄でも金使って満足が得られるなら人生的にはオッケーと感じてしまうのは独身だからですかねー。
ウィトゲンシュタイン入門 (ちくま新書)

*1:ダークナイト@新宿バルト9にて経験