ラ・ムーが「アイドル」を殺した

今週のお題「アイドル」

「アイドル」
事件があったりすると普段アイドルに興味のなさそうな方々がこぞって
「アイドルガー」
と語りブログやニュース、コラムに記事をドロップする。

ところがその際の観念が、80年代ごろのようなアイドルが引き合い。
「アイドルは神聖不可侵なものだ」
「アイドルとは特権的である」

そういう漠然とした「スター=アイドル」というものを引きずってる。
なぜだか数十年前のアイドル像のテンプレートを現行のアイドルに当てはめ
「AKBはアイドル未満だ」
ももクロはアイドルとは呼べない」

などいろいろ語る。


しかしなぜだろう。
松田聖子ら80年代のアイドルは、とっくにいない。
「アイドル/アイドル未満」を言うならAKB以前から既に変わっていた。

旧来的な「アイドル」の幕引きをしたのはラ・ムーじゃないだろうか。

ラ・ムーはアイドルを殺す


【pv】ラ・ムー 少年は天使を殺す - YouTube
1984年、アイドル 菊池桃子は、1988年 突如 ラ・ムーを結成。
音はその当時の最先端、ニューウェーブ
イギリスではマッドチェスターが80年代後半〜90年。

1988年2月17日、菊池は赤坂プリンスホテルにおいて単独記者会見を行い、今後は新たに結成するロックグループ「ラ・ムー」のボーカルとして歌手活動を行う、と発表した。
会見の場で菊池は「アイドルでいることに違和感を感じていた」と転身の動機を述べ、2月24日に第一曲を発売するとともに、同日の「夜のヒットスタジオデラックス」においてバンドのメンバーを発表する、と予告した。
後に明らかとなったバンドの構成は2人の黒人バックコーラスを擁する7人編成で、本人達は「ロックバンド」を名乗ったが、菊池のアイドル然としたボーカルはソロ時代と変わらず、またサウンド的にも当時の日本では今ほどメジャーではなかったR&B、ファンク等の黒人音楽色が強かった(久保田利伸などがブラックミュージック色を全面に打ち出してブレイクしたのはちょうどこの頃である)。
ラ・ムーの音楽についてリーダーの松浦は、アメリカのブラコンに見られるタイトなリズムに、日本人に受け入れられるナイーヴなメロディーを兼ね備えたものだと説明し、ロックと呼んでも歌謡曲と呼んでもよいが、どちらかと問われるならロックだと述べた。

ラ・ムー (バンド) - Wikipedia※太字引用者

上記引用、Wikipediaに繰り返しあるように、ラ・ムーは、アイドル→ロックバンドへの転身を明言した稀有な例。
当時、渡瀬マキはアイドル→LINDBERGのボーカルとして、坂井泉水はモデル・レースクイーンZARDのボーカルとして売り出した。
1990年~ロックバンドブームが隆盛となりアイドルは冬の時代を迎える。


冬の時代を先行して、アイドル→ロックバンドとして生き残りをかけたラ・ムーは先鋭的だったが、そのニューウェーブ然としたサウンドも含め先鋭的すぎて皆付いてこれなかった。

菊「ロックバンドです(キリッ)」
客「え?」
菊「え?」

アイドルの特権はく奪とカンブリア紀

もしアイドルブームなら「アイドル」として売り出したであろうタレントが、バンドブームの時流に合わせてバンドのボーカリストとしてデビュー。
そして時代が変化しバンドブームが廃れると、今度はソロシンガーとしてデビューする時代に。


アイドルから特権を排したおニャン子バラドルなどもテレビなどで多く活躍し、一般人がアイドルになるまでの物語を付与したモーニング娘。の流行など、旧来的な現人神である観念的大スター「アイドル」は「24時間 郷ひろみ」として未だに郷ひろみ像を演じ続ける郷ひろみや、露出をしないことで情報量をコントロールする吉永小百合、概念をメタとしてコメディに昇華した”スター”にしきのあきらや、一部に現存しているが、現行の大半に「アイドル」という言葉が含んでいた旧来的な特権はもはやない。

あのジャニーズであれ秘密のベールに包まれた特別でスペシャルな「アイドル」より、ニュースキャスター、司会業などタレントとしての延命を図る現実的な動きの方が目立つ。
楽器よりもクワがしっくりくるTOKIO……電車相手に走ってた頃よりさらにディープに....。


既に80年代最後の、ラ・ムーの時点でアイドルでも、バンドでも、ソロでも
「その時代にウケるテンプレ」
それをどう選択するのか、と言う売り出し方のパッケージであることは露呈していたし「アイドル」と言う言葉と概念はとっくに変容している。


「アイドルになりきれてないアイドル」どころか「アイドル」という概念が変わって随分たつのに、おニャン子以前のアイドル概念を理想として「アイドルってのはさー」を数十年の時を経て語ってしまうモラトリアムな論者。
もし「アイドル」を語るなら「アイドル」概念はバージョンアップしてください。
幼いころにそういう「アイドル」を原風景として捉えたひとは自身の観念を変えられないのかもしれないけれど。

まとめ

おニャン子なんてアイドルじゃねーよ、と言われても工藤静香や新田恵利、福永恵規国生さゆりらもアイドルだった。
「アイドルになりきれてないアイドル」ではなく。
アイドルとは何か?で旧来的な松田聖子時代の「特権的なそれ」を持ち出されてもジャニーズの一部には通用こそすれ、とっくの昔にそんなものはモラトリアムと化し、今や大半のアイドルはそのテンプレートでは語れない複雑怪奇なコンテクストを形成してる。

福永恵規 - 風のInvitation (ファイナルコンサート) - YouTube

何か事件があれば語る方もいるでしょうから、そのときは上記参考に。
理想論的なものを引き合いに出すひとは修正パッチを当ててない。
だから「現代のアイドル論・批判」は楽だと思われてしまうらしい。


※ベスト盤のどれにも、ラ・ムー時代は入ってない
※「アイドルでいることに違和感を感じていた」発言が無かったことに…
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