絵画的な画の魅力 森泉岳土「夜よる傍に」

夜よる傍に (ビームコミックス)
マンガにおける描線は、面白い。
多くはGペンや丸ペンなどでクッキリとした線が多く、入りと抜きで味が出たりする。
諸星 大二郎氏のような、あの昔から変わらない、独特すぎる訛りと言うか歪みと言うか。

夢見村にて 妖怪ハンター 稗田の生徒たち (1) (ヤングジャンプコミックス)夢見村にて 妖怪ハンター 稗田の生徒たち (1) (ヤングジャンプコミックス)
諸星 大二郎

集英社

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あのオリジナルな画は、完成されてる。

黒田硫黄氏の作品を初めて見たとき(天狗党かな?)に、
試し読み|大日本天狗党絵詞|講談社コミックプラス
墨と筆で書かれたコマがすごくて随分驚いた。
書き込みの情報量ではなく描線と切り取り方によるセカイの構築。
物語もだが、あの「絵」としてのすごさは他に類を見ないと思う。


森泉岳土氏の独特の描線は非常に絵画的で前作「祈りと署名」でも、コマのひとつひとつにとても独特の味があった。


新作長編「夜よる傍に」は、心に傷をもつ主人公サトルと、夜にしか目が見えない(光の中では周囲が印象派の絵画のように見える)少女 美琴が出会い、小さいころ美琴が読み聞かせされた絵本を探す。


夜に出会い、夜を歩き、朝を迎えない二人は次へとすすまない。
朝、陽の光の下、それは人が前に未来へと進む象徴。
エドワード・ホッパーの「ナイトホークス」よろしく夜間開いている店は、闇の中、朝を迎えることのない主人公らの止まり木。



下書き→墨あるいは下書き→水→墨でぼかし、とまるで日本画のような技法で描かれるコマは、それぞれのコマが単なる描写や時系列のための接続詞ではなく、ひとつひとつのコマがそれぞれに「絵」としての完成度が高く、マンガ的と言うよりもアメコミ的(バンドデシネ的)な感じすらする。
動きとしてのコマ、よりも絵として見せる力が強い。


朝を迎え、光を取り戻し、見つけだすことで前に進める。

新しい朝が来た、希望の朝だ。
爽やかに、朝は等しく誰にも訪れる。
一日の始まり、今日と言う新しい可能性、これから進む道を太陽が照らす。

祈りと署名 (ビームコミックス)祈りと署名 (ビームコミックス)
森泉岳土

エンターブレイン

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