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ウチワの世界

小ネタ ブログ WEB

たくらむ技術 (新潮新書)
内輪ノリを広げようという指向 - K Diary
内輪ノリ。
記事では、SIMILAB、ねとくら氏を挙げてるけど暗にHY...ま、いいっか。

※以下、ブーメラン地獄(©yarukimedesu)

ちょっと話がズレるんですが。
内輪ノリというと連想するのはまずとんねるず
テレビのコンテンツはマスであって、大衆を相手にするのに内輪のマネージャーのボブとかスタッフを登場させる。
安西だのマッコイだの。
タレントでない人間が出てきて、特に笑わせるでもなくいじられる対象として登場する。

ダウンタウンもマネージャーの大﨑 洋(現 吉本興業代表取締役)や大工富明などを舞台にあげたりもしてた。
今だとガキにヘイポーとか菅 賢治が出たり。


テレビはプロのタレントとしてやっているので区分けが解りやすい。
モニターの中と外、タレントとスタッフ。

しかしネットは、ほぼ素人が占めてる。
素人のプロごっこも多数ある。
ここにしろ素人の割には偉そうに読める。

それにスケーリングが難しい。
たとえば「ネット」と口にしてもその観測範囲は狭い。
せいぜい頑張って観察しても日本語圏の中のごく一部で手いっぱい。
そのうえ「はてなでー」と言うとさらに小さい。
ネトクラ氏のオフが~などと言うともっと小さい。
あるいは
「オフパコだか釣りだか知らんけど炎上して懐かしのワル○が慰めてま○たけが擁護記事を……」
などと言うともっともっと小さい。

内輪ノリの多くは、とても小さい範囲でのお話。
「内輪ノリで面白い」のは当事者と、その近隣のみで、それ以外には「え?で?」と言うものでしかない。
ブログは無償の娯楽コンテンツとして読めるが、娯楽ではない。


それは書き手によって変わる。
金銭を得ているプロならまだしも。
素人にクオリティを求めてもそれは得られない、保証されない。
基本は、低クオリティでドイヒー。

ブログは指向性を持たない

仮に「○○の名曲10」とかYoutube貼っただけの記事でブログに数百ブクマ/数万PVを得たとしよう。
翌日に同じブログで「内輪ノリでだけ面白い」記事を公開したとする。

前日には「不特定多数の数万人が見ている」という実績があるのに、翌日に指向性のある記事を投下し、それも同じく数万人に読まれる可能性は当然ながらある。
ところが人気での数万は嬉しいが批判・炎上の数万になると今度は拒否をする。
反発が来ると「てめぇの為に書いてねーんだよクソが」と読み手の取捨選択をしてたりする。

だとすると前日も前々日も今日も明日も読みに来てる人間のほとんどがその「てめぇの為に書いてねー、クソ」に相当する。
読み手は選べない。
数万人に読まれてる前日時点で「てめぇの為に書いてねー」筈だが。
と言うかそのブログは「てめぇの為に書いてねー」ブログなんだろう。

内輪で指向性があるならメーリングリストだか、オフでやりゃいい。


読まれるための強度のあるものを書いているわけではない。
読まれるものではなく、書きたいものをただただ書いてる。
面白けりゃあいいだろ?責任?なにそれ?バカじゃね?
批判とかウゼー。何勘違いしてんの?

ネットなんて暇人しかいねーんだよ、と平気で言う。
隅まで何のロジックも無いままただ批判を批判してるだけ。
「お前ら石を投げたいだけだろ?」とお前は言いたいだけだろ?
自分だって山ほど気持ち悪い啓発ツイート連……おっと、わき道に逸れた。
失礼。

ウチらの世界→ウチらネット

→たまたま書いたら多く読まれた
→同じノリで内輪ウケする釣りネタを投下したらたまたま広がった
→いつも通り多く読まれた
→その上拒否反応まで帰ってきた
→「うるせぇ!てめぇの為に書いてねーよ!批判するんじゃねーよ!」

となる。
これって以前言われた「ウチらの世界」に近いものを感じる。


内輪のノリを誰でも見れる場所でやってしまうことで批判を浴びる。
ネットに壁はない、仕切られているわけでもない。
年齢も性別も環境も政治・宗教・思想もバラバラの不特定多数。
そんなところへ記事に指向性もないのに勝手にあるものだと判断し公開する。
読ませたい相手だけ読めばいい。
それ以外はすべて血肉のない数字(PV)。
黙って読んでろ、文句言うんじゃねーよ、PVだけ寄こせ。


そんな書き手側には、意図した虚構の「ウチらネット」が存在してる。
そこでは、差別だろうが悪口だろうが、ノリだろうが釣りだろうが通じる。
倫理観とか道徳とか責任とかめんどくさいことは必要ない。
誰からも批判なんてない友だちノリが支配する脳が生み出した虚構のモラトリアム。
ウチらの仲間が面白ければそれでいい。

ところが実際はそんな「ウチらネット」なんてものはない。
地続きにWWWに繋がり、誰もが見に来て「なんだこれ」「キモ」「やるならmixiでやれ」と批判される。

すると「ウチらネット」の幻想そのものが壊されるから、批判してくる相手に向けて批判をそのまま返す。
本来、批判への返答は同じ軸~この場合なら内輪ノリと釣り記事の是非~で返されるべきだが、そういう軸での思考をしない。
そこで軸が「ネットにおいて批判すること自体」を批判するブーメランがきらめくのも特色といえるかも知れない。
批判されたのは記事自体よりもそれを含む「ウチらネット」(関係性、コミュニティ)だと感じる。

外から見れば当然軸が違うし「いや、それって違うだろ?」としか思えない。
そして熱っぽく冷めやすいネット民が辟易と「ダメだこりゃ」「こいつら話通じねーわ」となって離れていく。
「ウチらネット」の住人は再び「ウチらネット」を確立しなおしたうえで「あーいう連中って最悪~」「他人事に首突っ込んで批判することでしか自分の空虚さを埋めたり暇を潰すこともできない連中だからさー」「偉そうに他人を批判して自分は何様のつもりなのか大威張りだろ?」などとキャッキャウフフを再開する。
だーかーらーやるなら非公開にせーよ。
それも見えとるっつーのよ。


だからあの辺をブクマするなとあれほど……。
そもそもホテントリさせんな。
完全スルーが正解の界隈。
お互いにつけあって楽しんでる「ウチらネット」。

まとめ

ま、そんな感じで。
以前の一連のバイトテロ「ウチらの世界」は現実世界にも影響したので炎上すれば懲りるが、ネット上の「ウチらネット」は虚構のモラトリアムであるがゆえに傷つかず、しかもパラダイムが違うので話も通じず、いつまでも理解し合うことがない、無くならない。


このブログにしろ「ウチらネット」ですから。
この記事にしろそう。
「あの」界隈の話ですから。

主語を大きくして比喩を大きくしてもいいけれどブレる。
どうしてもはてな近郊にいると主語が「はてなで」になってしまいがち。
ロジックを使うのにある程度のパラダイムがあり、しかも親和性の高い「はてなで」はワードとして勝手が良い。

でもたまたま今日初めて読んだ人には「はてなで」が通じやしないわけですし。
青二氏がねーとか、ネトクラオフが台風コロッケではてな婚がさー、とか。
やっかいなものです。

誰しも勝手にモニターの中に「親しい」「関係ない」などの距離感を勝手に設定してることは否めない。


あーあ、一年以上やってるのに仕事の依頼って来ないなー。
はてなで」では、いつまでも泡沫ですね。
浅い記事だな、どうも。

あー、オレも新書でも出して左うちわで暮らしてみてぇもんだなー。
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