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コミュニケーションとネット・スラング

WEB

※注 読みづらさ:5(5段階中)
※ネットでスラングが多く生まれることに関しての考察記事

http://www.flickr.com/photos/32192899@N06/14513220176
photo by hyperion327

ネットスラング

昔は、ギャル文化なんてもんがあって、ケバケバに化粧して見せたりルーズソックスとかヤマンバとか、本来の化粧は可愛さ美しさを求める筈だがいつのまにか歪んで、過剰に盛りまくり、行き突きヤマンバに進化して、オレは、生物の進化からバビルサっていうイノシシを連想した。
バビルサの世界では牙が長いとモテるとか言われたりもして*1、しかしその牙は伸び続けて脳に刺さり死ぬ個体もある。
フロイトに言わせなくたって、実際にバビルサの牙は陰茎の暗喩なのかもしれないが、バビルサは伸び続けてモテまくりメスとやりまくるのに目の前に死が近づいてるのが見えるわけで、まさにメメントモリ(常に死を思え)にエロスとタナトスを体現してるわけだが、ヤマンバの化粧もギャルメイクが発達しすぎて、そのギャルの内輪の世界の中で化粧が過剰になり、他者と差別化するカンブリア爆発みたいに生まれた多くの個性の進化の果てに、バビルサみたいに極端に化粧が進化したヤマンバに至ったんだろう。
そしてヤマンバもバビルサみたいに(ほぼ)滅んだ。






あぁ、ヤマンバギャルの話じゃなかった。
ネットスラングだ、ファック。
ファック、ファック、ファック。


言葉は歪むんだよ、ファック。
当たり前の話。

いにしえから、一言一句一切合切変わらず使われ続ける言葉なんて、経文や聖書みたいに過去ログを有り難がって、過去に原典があるものを使い参照しているなら変わらないが、コミュニケーション・ツールとして使われる言葉は変わり続けるし、コミュニケートをとるのはいつの時代も同時代人がほとんどだから、いつの時代も若者言葉に対してそのパラダイムから外れた高齢者が偏見を前提として近頃の若いもんはと言いたくなるのもいつものこと。敬語や一般社会的に使われるコミュニケーションの言語は世代間を超えて使われるが、同世代の間のコミュニケーションにはある程度のパラダイムと言うかバックボーンがあるから多少言葉が歪んでも通じるし、世代ごとの仔細な歪みを持つパラダイムが層のように連なるのが人間の言語文化だろう。
テンプレートを代々繰り返し輪廻転生ウロボロスの蛇のように繰り返し、グルグル回して人間の社会や文化は発展してきた。


あるとき、インターネットと言う未知の化け物が登場した。
新たな社会レイヤー、集合的意識、知性の集合、貧者のアカシックレコード、HTMLやCSSなど言葉で出来た虚構の王国、0と1で出来た電子のヨグ=ソトース(一にして全、全にして一の最果の絶対領域)。
ジョン・レノンが「想像してごらん、国境のない世界を」と歌ったが、それを体現するインターネットに国境はないけど、変わらず言葉の壁はそれぞれの国と文化を分け隔ててるし、機械の自動翻訳は相変わらず変だ。


ネットは、黎明期から(ギークな思考はスラングを産みやすい)スラングを多く生んだ。
中でも大きな動きは2チャンネル用語だったろう。
スラング……ジャーゴン(隠語)は内輪の結束を生む。
その言葉を使うからオレらは仲間だ、その言葉を使い理解出来るからオレとオマエラは、同じパラダイムを前提にカキコしてるんだ、と言う暗黙の了解にもなる。外からやってきてよくわからないヤツが「○○ってなんですか?」なんて聞こうもんなら「過去ログ見ろ」「>>12 ggrks」と投げかけてやればいい。
書いたことは全部残ってる、知りたきゃあ勝手に探せカス。
オマエが知らないなんてオレは知らないし知りたければ自分で調べろ。

ggrksはすげぇ、発明だ、文化だ。
これまで、わからないことは聞かなきゃあわからないのが当たり前だった。
ところがインターネットでは、グーグル先生っていう優秀なアカシックレコードの管理者が鎮座ましましていて、何を聞いても広告を観る代わりに、検索履歴を提供する代わりに質問に答えてくれる。
だからネットでは「○○ってなんですか?」を聞く相手はグーグル大先生。先生どころかグーグル大明神。
一見無料で何でも教えてくれる心の広いネットの総元締め。

かつてのオタク文化と言うコミュニティでは、個人の知識こそが誇られ「魔法の天使クリィミーマミは基礎教養。常識でしょ?」「シャア猫のメモパッドを持ってるんだけどね」みたいにモノと知識の蓄積の多寡が個体の優劣の閾値として機能していたのに、インターネットと言う知識の巨人がオタクのパラダイムを足裏と膝で挟み込み虎王一撃で粉砕し、そんなパラダイムの変化に岡田斗司夫は「オタクは死んだ」と勝手に嘆き、芸術と名乗り商売にして売りぬけた村上隆は独り勝ちしたが、そんなギークでニッチなオタク文化は衰退し、今や個人の知識は重要視されずに、それよりもアンテナを伸ばして広く情報を集め、リアルタイムにさまざまな事象を(歪んだ情報の裏を読み)正しく把握することこそが情報強者で、知らないやつは情報弱者と呼ばれ、その差は知識の蓄積ではなく観測範囲にすり変わった。

オレは情強だぜ、スラングも楽々使えるぜ?
知らないのかよ、お前?情弱乙wwwwggrks!

だからネットじゃあスラングや言葉の変化が多いし、それが広まりやすい。
過去ログを参照すればいい、誰かが勝手にまとめてくれてる。
魔法の万能呪文ggrks。
ググって無いなら、その知識は無いし知らない。
ネットにおいて内輪感や帰属意識は、薄れても、スラング文化は生き残る。


昔の、流行り言葉はテレビが基盤だった。あたり前田のクラッカー、ハッパフミフミ

しっとるけ、アジャパー、むちゃくちゃでござりまする、わかっちゃいるけどやめられない。
テレビをみんな観てるからみんな知ってる。
だから使える、通じる、流行る。
ところが今はテレビを観てない、観てないし、面白くない。だから流行る、流行ってる言葉を聞いても知らない、共通の文化的な基盤がない、知ったところでだから何?と感じ、代わりにネットへの依存があるからネットの俗語やジャーゴンは理解して、もしそれを聞かれればggrksと言葉を投げるし、他人の無知なんざ知ったこっちゃあ無い。
リアルなセカイでの知りあいならLINEを使ってクローズドなコミュニティを形成できるし、そこでジャーゴンが産まれても外野が存在しない共通基盤として機能する。ツイッターフェイスブックなんかのSNSは、オープンすぎる。


オープンなネットでは、誰もが内輪だし誰もが外野だ。
同じものを見、自分が内輪だと感じれば内輪だし、自分が外野だと感じれば外野な鏡でしかない。
内輪と言うその内輪は、関係性をリアルタイムに体験してるか、その内輪の事情が理解出来るか、過去ログを再編して自己流で理解出来るのか否か、知りたいか否かの差でしかなくて、だから内輪かどうかなんて自分で決めるしかないし、それを勝手に覗いてる外野がどうこう言う仕組みは無いんだよファック。
暗黙の了解だパラダイムだ知っとけカス、と押し付けるやつはカスだが、内輪のことやってんじゃねーよと言うのもまたカスだ。


ネットは、鏡だ。
大事なことなので二度言います←これもジャーゴンだ。
書かれた言葉だけがそこにあって、それをどう読むかどう理解するかは己の中のログを参照して決めてる。
鏡を見るのが千人いれば千人映る光景が違うように、ネットの言葉も書かれたものをどう読むかは千人いれば千人違ってる。


オンドゥルルラギッタンディスカーオンドゥル語)などネットの造語は、流行るのも早いが廃れるのも早い。
だから厳密にジャーゴンの内輪感は、その時代を共有した人間にしか通じないし、読み手にその時代を共有した感覚を与えるということでもある。パソ通だのの時代のチャットルームの雰囲気だとか、テレホタイムの回線の重さとか、あるいは電車男でブームになる遥か以前のギーク2chだとか、そういう漠然とした感覚であったり、時代性や共有できる当時の空気をその言葉が体現している側面を持っているからこそ、時事性があって風化するスラングは多く生まれすぐに廃れ、廃れた後に懐かしみをこめて使われる時、そのコミュニケートする人間の間で同時代性を共有する装置として機能する。
「時事ネタは風化する」とタワバ先輩も言ってた*2


人間は、コミュニケーションする生き物だ、社会性の生き物だ。
単に「人」ではなく「人間」と言うのは、人と人との間つまりコミュニケーションを前提とする社会を指して「人間」と言う言葉を使う。
親しくなろう、近づこう、手を組もう、排他しよう、だから言葉を歪めて、キミとボクの、オマエとオレの、アナタとワタシの、オレとオマエラの言葉はいつの時代も生まれる。
ネットは実存を介さない冷たい理路整然とした言葉の世界だからこそ、スラングを生み少しでも言葉に対して人間性を出そうとする。
人間が人間だからこそ言葉は歪み、歪むからこそ人間らしくなる。


言葉は冷たいが、歪んだ言葉は少しだけ暖かい。
ネットスラングは、人間が人間らしさを保とうとするバランサーの気がしてならない。

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*1:諸説ある

*2:via 究極超人あ~る