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ネット喧嘩と脳の中の地獄

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photo by Tc7
ネットを歩くと、もめ事に当たる。

すれ違いだったり、あるいは繋がるべきでないひと同士が繋がってしまう。
あーだこーだやってるので先が見えない出口がない。
争いの先が設定されていない。

仮にボクシングであれば
「グローブをつけて殴り合う」
「ダウンして10カウントまでに起き上がれなければ負け」

などの明確なルールがあり、それに則って行われる。







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マンガ「バキ」にヘクター・ドイルと言うキャラクターが出てくる。
このキャラクターは何をやられても負けを認めない。
負けを認めないから負けではない。
負けていないので、再びつけ狙う、襲撃する。

ヘクター・ドイルにとっての敗北は、自身が負けを認めたときのみ。

仮に肉体を破壊されようが意識があればいい。
拳での殴り合いで勝てなくても
「相手より一日でも長く生きる」
「相手より経済的に成功する」
など自ら設定した勝負ルールで勝てば、それが正しいことになる。
勝つための制限がないなら今日でなくてもいい、何年後でもいい。

制限がない、条件が決められてない。
ルールのない勝負は勝手な思い込みに基づく。


ネットでのいざこざにルールはない。
「勝ち/負け」「逃げた」など勝手に思い込み決める。

「論破した!」「で?」「え?」「え?」

ネットでのいざこざは言葉による。
猟銃を持って相手のマンションまで行ったなんて話もあったがそれは極端な例だろう。

「論破した」などと言うよう、いざこざの最終的な目的は
「反論できないくらいまで追いつめる」
「ぎゃふんと言わせたい」

という渇望に基づくことが多いし、中には
「アカウントを削除させる」
「謝罪させる」
「反省文を書かせる」

なども考えられる。

これは言葉が通じ、相手と論旨を共有できる関係性で成立する。
一方でもマトモに論旨も理解できず勝手に曲解しこじらせていくのでは、その先に解決は何もない。
最終的にはお互いにすりへってめんどくさい無様なログをさらす。
単なるネットの娯楽として消費されていくだけ。
あとになってフォローを入れても時すでに遅し、なんてよくある話。

誰もオレを倒せない

オレは正しいよ!どうしてわからないんだ?オレとはレベルが違う。
誰もオレを倒せない、オレは負けてない、オレの勝ちだ!!
奴のいうことは完全におかしい!皆さんそう思うでしょう?

ツイッターでそんな風に連ツイし、自分の正当性をフォロワーに主張する光景を見かける。
その行為は、自身の中での正しさを保証されたい、担保を確保したい、不安を取り除きたいと願っているように感じる。
「大変でしたねw」「スルーが一番ですよ」などのねぎらい待ち。
その伏線としての主張。

これはブログが、炎上してる人のTLでもよく見かける光景。
ブログが批判を受けてるからリアルタイムなツイートで正当性を示そうとする。
行動としては同じ心理に基づくのかも知れない。
自分の都合のいいツイートを探してきて、RTしてみせ自身の正当性を少しでも確保する、補強する。

しかしそんなことは他の人間には、どうでもいい。
誰もお前のTLを熱心に観察してるわけじゃない。
「なんかもめてるなー」
横目で見つつ、同じ時間に巨乳談義してるかもしれない。
正直、お前の勝ち負けなんざどーでもいい。
とりまトゥギャッといてくれ。暇な時にでも見るわ。

当事者にとっては大事でも第三者には単なる娯楽。
花見の席で酔っ払いのおっさん同士が殴り合ってるのと大差ない。
勝ち負けとか正しさなんてお前の脳の中の地獄にしか存在してない。
結局、それも確保できないから自縄自縛し続けるしかない。

最終的な解決

お互いに論旨を共有し同じフォーマット上で争うならまだ解決はある。
ただしお互いに「神(宗教)」「政治・思想」「生と死」などの抽象さを多く含み、個人的経験則や社会的・歴史的な背景があったり、お互いに理解しえないことに関しては本来話すべきではない。
フォーマットを共有できない相手と言い争ってもどこまでも平行線。無駄。

ましてや双方が双方にこじらせていれば、もはや喧嘩にすらならない。
お互いに何を行いたくて、何が最終的な落とし所で、解決なのかすらわからないままに、お互いをただ傷つけようと、ポジションをとり合おうとする。
妥協できない、許せない、譲れない同士の言い争いほど疲れるものはない。
すり減って疲れてブロックして終わる。

だったら最初の二秒で即ブロするほうがよほど健全。


仮に、お互いに理解し合うべく努力を行うとする。
最終的な目標は相互理解と問題の解決。
その為に意見交換を行う。
たとえそれが喧々諤々であれ、ひとつテーマや論旨を共有して行われるならそれは健全と言えるかもしれない。

悪意のひと

ところが中には、ひたすら相手を傷つけたいために言葉を投げつけ、悪口を言うだけの輩もいる。
そういう相手には何を言っても仕方がない。
「はい、論破」
「逃げるなよ」
「オレの勝ちwwww」

と根拠もなく一方的に言いたいだけの相手に対して、わざわざ相手にしてあげるのはよほど暇か、よほど慈愛にあふれていなければやっていられない。

そういう相手の最終的な目的は、
「相手への嫌がらせ」
「精神的に凹ませたい」

でしかないのでやりとりをする意味がそもそもない。


ネットやSNSは、嫌な相手と実りのないやりとりをする場所ではない。
なので即ブロックする権利がある。
めんどくさい相手の場合は、別の場所(増田なり)で批判文でも書くこともあるだろうが、もともとの主張が単に「悪く言いたいだけ」で批判してくるなら相手にする必要はない。仮にそれに同調する人間がいたとしても趣旨も理解できず同調しているなら、その程度と言うことでしかない。

もし何かしらの主論をベースとして批判があるならそれに対して反論しても、もちろん構わない。
正当性がどちらにあるのか、どこまでやるのかが前提だろうが。

ネットケンカの作法:まとめ

ネットでのケンカの作法は
・お互いの主張の論旨をハッキリさせる、共有する

・最終的な目的、問題の解決は何か?

・勝ち負けがあるとすればそれは何か?どのような解決に導くのが妥当か?
→不当な要求であればブロック相当

・論旨は何に基づくか?またその根拠はなにか?
→主張と背景、思想が明確になることで齟齬も明確になる

・相手と解りあう、理解し合う必要性があるのか?
→なければ即ブロ

・お互いの主張の食い違いを客観的に判別できるものか、それとも感情や思想などに基づくのか?
→単なる感情論や思い込み、悪意なら即ブロ(わざわざ説明する謂れはない

※基本的に、他人の挑発や議論に応じる必要はない(リソース要相談)

以上が、最低でも必要になる。
ゴールがないままに殴り合うから、悪意だけが残り疲弊し終わる。
騒動の影響を見てポジショニングを考え、急にフォローし始めるなんていう、こじらせ切ったひとは救いがない。


ろくな判断も、客観視もまともにできないまま、ひたすら悪意をぶつけ合う。
自分に都合のいい自分理論を開示して悦に入る。
自身の正当性ばかりを主張、すれ違い傷つけあう。

面倒と感じる面倒事は自分が呼びこんでる、その自覚がないから永遠に繰り返し続ける。
呪詛をまき散らしたような惨状のログは、精神の歪みを象徴してる気がする。
地獄はネットではなく脳の中にある。
ネットは鏡。
脳の中の地獄を投影する光景は、だからとても痛々しい。

ここでは、誰も救われない。
救われない救われない。
幾ら叫んでも蜘蛛の糸は降りてこない。
つ鏡

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