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ブログを書き続けるといふ譚

創作 ブログ

※ブログを書き続ける為に、と言ふ話題があるのだそうで
スピーカーから流れるサキソホンの音を聴きながら、私が珈琲を飲んでいると、四十がらみの少しくたびれた背広を着込んだ彼が喫茶店の扉を開け、扉の角につけられたベルが、カランカランと鳴った。







やあ、と私は手を軽く上げ、それに気づいた彼が、私の前にテーブルを挟み座ると、鼻炎なのか鼻を真っ赤にしてやってきた給仕に、私と同じ珈琲を頼み、店を見まわしてから、コレハコレハ好ましい雰囲気の店だね、昭和レトロっていうのかい、と言った。

「ところで今日は急にどうしたんだい?」

私が、彼に聞くと、彼は、度が強い眼鏡を軽く押し上げ、眉間に小さく皺を寄せ、最近、ブログをやるひとが多いんだが、皆続かないのサ、と言ふ。

彼は、そう言ったブログを提供したり、話題として取り上げるのが生業で、ブログの書きに関しての質問をするために私をよく呼びつけるので、見当は付いていたが、アァ、成程、そう言ふことかと納得した。

私は、手慰みではあるが、小さなブログを書いていて、もう、既に三年近く続けていて、だからそう言うこともわかる。

「……マア……そう言うこともあるだろうサ。素人だからネ」

確かにそうなんだが、と彼が言うと給仕が珈琲をテーブルに置いて、彼はミルクと砂糖をタップリ入れ飲み始めた。

「フフン、ブログ、と言ふのは詰まるところ何を書いても好い帳面のやうなものだからネェ。そこに日記や考えやサマザマに書くんだけれど、その書く目的がネ……」

と話すと、彼が、帳面、目的、と背広の上着の、懐から出した手帳に書き始めるのを見て、メモを取るほどじゃないよ仰仰しいなァ、キミは、と私はハハハ、と嗤った。

「目的は色々。暇潰し、自己満足、有名になりたい、承認欲求の充実を求めたり、出版したい、金儲けをしたいという輩もいるネ」

すると彼が、キミの目的は何なのさ?と聞くものだから私は、

「ボクにとっては、そのとき思ったことを書いておく帳面さ」

と答えておいたが、実のところ動機なぞ、一言で言えることでもなく、暇潰しだろうし、少々のお小遣いが入るのも嬉しく、だが読まれることの感覚は最も愉悦を感じ、これが承認欲求と言ふやつなのだろう、最早書くことは習慣であると言い換えても好い。

聞いて、フーム、キミのように長く続くにはどうすればよいのかねぇ、と彼が呻るモノだから、

「ブログや書くと言う行為自体に何かしらの意味を見出しているから続くのサ。譬え読まれなくてもそれを習慣と捉へられるなら続くし、然し承認欲求ばかりを考へ結果が伴わなひなら辞めて仕舞うのではないのかネェ」

私は、そう言ひ、小腹が空いたので、給仕を呼びスパゲッテーを注文した。

給仕が、ズルズル鼻を啜りながら下がると、最近炎上もあって、先日も、ひとつが、盛大に燃えてね、と彼が言った。

「色んな人物がいて読まれるのだから、中には気狂○もいるのサ。気狂○は気○ひなりに読み、○狂ひのキ○理論でそんなことを勝手に言ふ。キチンと話して解る相手なら応対もするけど、楽に誰かを傷つけたい、ギャフンと言わせたい、鬱憤晴らしをしたいと、満足に話も通じない相手には、如何しようもないサ。其れはこの現世だって大差ないじゃあないか」

それはそうかもしれんな、と彼は言い眼鏡を押し上げ、フーム、アァやって攻撃ばかりしていては、興味深いブログが減るし、残るのは箸にも棒にもかからんようなモノか、金もうけ目当ての薄ッペラなものや、滓ばかりだと、彼は、また腕を組んで、ウーンウーンと呻るものだから、

「キミキミ、そんなに悩んでいるとマタ潰瘍が出来るぞ。話して解るなんて幻想なんだ。文字を書いて思ったことは半分も伝わらない。思ってもないように読みとるし、思った通りに伝えようと補い書けば今度は長くなって、ろくに読まれやしない。ハジメから期待なんてする方が大いにムダなのサ」

私は得意の厭世観を披露するが、彼は矢張り呻ったままで、それは重々御尤ごもっともだがとブツブツ小さく呟き、そうしていたら給仕が、ケチャップで真っ赤になったスパゲッテーを一皿持ってきた。

タバスコをかけ、真っ赤なスパゲッテーをさらに赤く、ズルズルと啜り、嗤った。

「抑、頼まれもせず、ヤイノヤイノ文句を言われても毎日毎日飽きもせずに誰に読まれるとも知れない己の考えをダラダラ書き連ねるなんて余程の生真面目か、暇人か、でなければキ○ガイの類さネ……ハハア……そうだとも、ボクは後者だよ、破廉恥極まるキ○ガイなのさ。アハハハハハ」

ズルズル、ウーンウーン、ズルズル、ウーンウーン、アハハハハハアハハハハハ。

スパゲッティを啜り呻り呟き、給仕が鼻を啜る音だけが聞える。

スピーカーの、サキソホンの音は、いつの間にか止んでいる。

夢野久作全集〈8〉 (ちくま文庫)