黒い僧侶

ウェブ2.0
かつて「一億総クリエイター時代」と呼ばれウェブによる革新を信じていた。
教祖ティム・オ・ライリーの唱えた幻の楽園。
しかし、いつしかその夢は潰え、人々は高き城門(SNS)を建てその中に閉じこもった。








原野に横たわる死屍累々。
今や「一億総クリエイター時代」の亡霊はネット上を漂い、かつてウェブ2.0だった瓦礫の上をバイラルメディアと屍肉喰らいの化物が自由に闊歩している。
猛き犬ではなく狡猾な獣。
屍肉を嗅ぎわけ、食らう。
餌であれば骨一本になるまで食らいつくす。

「えぇい、うるさいバイラルどもめ、パクリばかりしやがって!ゴミを撒くんじゃない!」

そう言ってブロガー(戦士)が、棒で突き追い払う。
しかしバイラルは聞かない。そもそも倫理もない獣に話が通じるわけもない。

「……まったくもって羞恥を知らぬ鬱陶しい死肉喰らい共め」

ブロガー(戦士)はジョブの一つ。
自分の力でネット世界を徘徊しネタを探しそれを糧に生きる冒険者を指す。

ブロガーが一人呟いたときだった。

べちゃっ。

真っ赤な鮮血が弾け、ブロガーは驚いた。
な、な!!
顔が真っ赤に染まり慌て手で拭う。

いや、そうではない。よくみれば細かな種がある。
こ、こ、これは。

「そう、トマトですよ」

いつの間にか、バイラルの傍に、痩せた影が立っていた。
不健康に細く首が長い。
眼鏡をかけ、真っ黒なローブを着、白くて長い指、手にはトマトを持っている。

「お、お前か?!これをぶつけたのは!!」

「いけませんか?一方的にバイラルがいじめられているのを見ていられなかったものですから」

影は唇の端だけを少し上げて「にやり」と嗤った。

「なんだと?!屍肉喰らいのバイラルを批判して何が悪い!!」

「批判するのはいいですが、著作権親告罪ですよ?バイラルメディアはコンテンツを広めることで死んだコンテンツの価値を再度評価させることが出来ます。アナタに何も言う資格なんてないでしょう?」

影はそう言うと手に持っていたトマトをブロガーに投げつけた。

「くそっ!きさま!!」

挑発されたブロガーは剣を振りかぶって切り掛かる。
巨大な大剣はさまざまな敵を一撃で屠ったわざもの。

「食らえ!!アーギュメントソード!!(正論の剣)」

正論の剣が、真っ正面から振り下ろされるが影は避ける様子も無い。
それどころかニヤリと笑い、剣が、止まった。
まるで見えない壁に防がれたかのように。
剣を押しても引いても動かない。

「バ、バカな!?」

「くっくっくっ、正論なんてアナタの正論であって私のではないですよ。私を倒したければこの”親告罪の壁”を破れなければね。では、いただきますか」

影は言ってローブの中から両手を出し、ブロガーに向けた。
凄まじい炎がブロガーを包み込む。

「獄炎飢餓(エンジョーショーホー)!!」

ぐわぁーー!!!!

ブロガーは、一瞬で消し炭と化した。



「あらららら、やられちゃったよ。いつ見てもすごいねー、あの炎上呪文は」
遥か遠く。
城壁の上から遠眼鏡でその様子を見ていた男がつぶやいた。
彼のジョブはヲチャー(遊び人)。
「さすが”黒い僧侶”ダ=ハヤ。ありゃ化けもんだね」

「だなぁ、噂によると吸血鬼に近いアンデッドだそうだ。ま、オレはあれをネタにして一儲けするか……」

同じように遠眼鏡で見ていたヲチャーが早速記事をしたため始める。

「論理は通じない、法律も理屈も通じない。そんなヤツをどうすりゃいいもんかねぇ」

言われて、記事を書いていたヲチャーが筆を止めた。

「かかっていけば炎上呪文でPVパワーを蓄える。関わらずに、オレたちみたく遠くから嗤ってるのがいいのさ。やつだって無視され続ければいずれ力も尽きるんだから。構うのが悪い」

確かにそーだな。
ヲチャーは頷いて、もう一度遠眼鏡を覗いた。


誰もいない原野。
バイラルと”黒い僧侶”だけが立ち尽くし、次に燃えるブロガーがいないか探している。
眼鏡の奥、黒く落ち窪んだ眼窩には何の表情も浮かんではいない。


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