どうしてファッションはセンスだけと思われるか?問題

※リンク先批判ではございません、念のため

ファッションセンスのなさを笑いで挽回することはできるか - プリズンブレイク貴花田
他のスペックを凌駕し、笑いのステータスが評価されるのは関西の小学生。
走るのが早い=人気もの、みたいな。







序文(跳ばし読み可)

http://www.flickr.com/photos/46833799@N02/11717615086
photo by Ben K Adams

ファッションは、誤解が多い。
たとえば、ネットでファッションについて語れるのは「オシャレでセンス抜群」で「モテるヤツ限定」なのだそうで。
へぇぇ。


たとえばウチでも

「オレってイケてる」
「オシャレでモテまくり」

なんてこのブログで一度も書いたことがないにも拘らず
「自画撮り写真をさらせないなら言う資格がない!」
という、政治家経験がなければ政治が語れないとか、プロサッカー選手になった経験ないくせにサッカーを語るな(でもインターハイ出場ならオッケーと言う謎の線引き)とかいう「○○でなければ○○は許されない」と言う意味の解らない思い込みロジックを、どっかの粘着カスに押し付けられた経験があって、辟易しファッションを語らなくなった。

自分のセンスを誇示するために書いてるわけでもない。
マトモに会話もできないバカの相手するほどヒマでもない。
非モテでダサい?
はいはい、それでいいよ(人格攻撃と批判の切り分けもできてない)。
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そもそもウチでは過去に
「ファッションとモテはイコールじゃない」
と何度も何度も書いている。
カスはマトモに読んでもないだろうが。

ネット上で多くのファッションブロガーがいるが、自画撮りをさらし「自分のファッションとは」と語るタイプ(海外、モデル系、WEAR)と、ファッションの知識を語り自分の写真などはさらさないタイプに分かれる(ファッションニュース・情報系)にも拘らず、なぜか

「ファッションブロガー → オシャレ自慢とセンス披露」

だけが唯一無二のテンプレと思われているのもおかしな話。

一切自分の生活をさらしていない大手ファッションブログ、
某毒舌ファッションブロガーもいるってのに。
(最近、ブログのアーカイヴ消しちゃって勿体ない……)

センス× 知識○

http://www.flickr.com/photos/46859071@N00/3670226018
photo by Catherinette Rings Steampunk

ファッションにセンスは、必ずしもいらない。
そこそこの判断力だけあればいい。
あとファッションに必要なのは、知識だと思ってる。

服は何故音楽を必要とするのか? ---「ウォーキング・ミュージック」という存在しないジャンルに召還された音楽たちについての考察 (河出文庫)

ファッションに関して知識があれば、どういった場合にどういった服を着ればよいのかが理解出来る。

センスでなく論理と知識、情報で理解できる。
「チェックとボーダーを合わせるのは難しい」*1
「服装とカバンは合わせよう」
などというベタな基本のTIPSもすべて知識であってセンスではない。

「今年の秋の流行は○○色だ」
「今年のアウターは○○を買っとけ」
なども情報。
センスはなくてもいい。


たとえば誰かがしていた格好、誰かが来ていた服、その合わせ方。
それをまるまるやればいい。
誰も気づきはしない。

しかしなぜか
「ファッションはセンスだ」
と思われている。
そんな一面的なわけがない。

センスは才能、知識は努力

http://www.flickr.com/photos/61493316@N00/259217571
photo by Zellaby


どれだけの着こなしでもダメと言う人間はいる。
センスとはそういうもの。
100人が100人評価するファッションはまずない。
しかし知識がベースの場合、過去にこのような歴史がありこうやって着ているのだ、という理屈がある。


ウチの場合、モッズ・マンセーなので細身のジャケット、シャツにモッズコートが基本。
フレッドペリー、Drマーチン等ブランドも安くあがるし、過去のアーカイヴが山ほどある。

はじめてのひとのためのモッズコート入門 - あざなえるなわのごとし
(モッズコートで18,000文字書いてんですよ)
はっきり言ってしまえばモッズファッションはオシャレでも何でもない。
忠実に再現してるだけ、テンプレをなぞってるに過ぎない。

アーカイヴを参照して着るファッションは、コスプレと同じ。

慣れてくればセンスでもアレンジでも何でもやればいい。
センスってのはそこから出てくる。


美術にしろ、画の見方が解らなくてもまず知識から入り、
そこから鑑賞法だの理解すればいつの間にか何とかなる。
鑑賞のための西洋美術史入門
美術が、センスだけで何とかなる、なんて言われないのは教養としてそれなりに確立してるからだろうけれど。


ファッションとかいやだって人は、だから知識とか覚えたくないってことなんだと思うけども。
そりゃあ知識も何も無しでいきなりセンスだけでやっていこうとすれば暗中模索は当然。

コミュニケーション× 趣味○

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photo by davidyuweb

ファッションはコミュニケーションとも言われるが、それも違う。
必ずしもコミュニケーションを伴わないファッションもあり、それは趣味の領域。

コスプレを連想すればいい。
もちろんコスプレしてコミケなど行く人もいるが、まず「それを着てみたい」から始まることも多いだろう。
誰かにウケる事ではなく自分が着たいから着る。
誰がどう思われてもオレはこれを面白いと思う仕切る、そういうファッションもある。
モテるかどうかとか、イケてるかどうかなんざ知らない。
それは趣味、自己満足の世界。

ファッションだってそういう面はある。
自分の好きな趣味の服を自分が好きだから着る。
誰かに受けようとか、オシャレと思われたいとか、評価されたいとかそういう発想はない。


たとえば全身真っ黒の服を着て「センスないから」と言われても、それは黒い服しか買ってない、それしか着なかったわけで、そこに「一色は避けよう」という知識だけあって従うなら他の色の服を買ったり着たりする。
それが面倒だからとひとつしか買わない、着ないから一色になるだけの話。
それはセンスじゃあない。

まとめ

http://www.flickr.com/photos/8363028@N08/8031034810
photo by DeusXFlorida (5,771,445 views) - thanks guys!

ファッションは文化だ。
文化は「モテ」「センス」みたいな一面的な側面で判断できるほど浅い領域ではない。
誰かにとってはそうかもしれないが。
センスがないからダサいんだ、は単に興味がないってだけの話でしょう。

「興味がない」は「センスがない」とイコールじゃない。
知識が山のようにあるのにマトモな服の着こなしができない、ってんならセンスが無いんだろうが、そんな人はまず見かけない。


センスがないなら知識で補える。
しかし知識はめんどくさい補いたくない。
リソースを使いたくない。
センスなら無料だし、と言うかそもそもファッション諦めてるし興味ない。
何とかセンスでやりたい。

だから無理。

つ本
ちぐはぐな身体―ファッションって何? (ちくま文庫)

*1:無理ではないが