知識メタボリック

「読み」の整理学 (ちくま文庫)
久しぶりに外山滋比古氏の著書を読んでいる。
外山滋比古氏の著書は、知的な満足感や多くの気づきがあり、とても面白い。
今まで見えていなかったもの、あるいは見えてはいたが気づいていなかったものがいくつも示唆される。




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知識と知恵と

外山滋比古氏の著書は、読むとまるで自分が賢くなったような気にさせられてしまうから注意が必要だろう。

別に自分は何も変わってはいない。
受け売りの知識が少し増えたに過ぎない。
それを勘違いして自分が成長したように感じてしまい、それに快楽を感じ、次々とハウトゥ・啓発本ばかりを読み、大した解釈も無く鵜呑みにした浅薄な理屈と知識ばかりは増えるが知恵のない人間になってしまう。


人間の身体で例えると解りやすい。
知識を得る。
得た知識はそれを使いそれを自分の血肉に変えようやく知識→知恵に変化する。
それは筋肉のようになる。
知識と言う栄養を己の体を鍛えるのに利用し、知恵の筋肉を鍛える、増やす。
知識と知恵、双方揃って初めて知になる。

ところが知識を得ることに満足感を覚え、ひたすら知識だけを蓄えるのは、血肉に変えずにひたすら栄養だけを取り続けるのに近い。
増えすぎた知識は、つまり脂肪のようになる。
知識の脂肪がつくと、知恵が回らない、動きにくくなる。
知識が役立つどころか知恵の邪魔をする。

たまに学歴は良いし知識も多いのに頭が悪いひとがいるけれど、彼の方は知識の脂肪で動きが取れなくなっているのだろう。

適度な知識と適度な知恵で引き締まった人格。
それが知的と言える。
増えすぎた知識ばかりを振りまわし、知恵の足りないものは醜い。

面白さとはなにか?

外山滋比古氏の著書をいつも「面白い」と感じる。
この場合の面白いは、英語ならInteresting(Interest=興味)

面白い=興味深い

と言う感覚が近しい。

ブログをつらつら見ていると「面白い!」というコメントが付いていてそれを読んでみるとその大概はFunny

面白い=面白おかしい、滑稽な

と言った感じが近いかもしれない。

そして、その「面白い」とコメントの付いたものはどう言ったものかと読んで行くと、口語体で日本語を崩している、あるいは言葉が感覚的で、そういう口語的表現を用いて状況が平易で伝わりやすい=面白い(Funny)と受け取られているように見える。

わかりやすい、感覚的で伝わる、理解が平易=面白い

はてなで言うと「おもしろ」の面白さはFunnyだが、「暮らし」の面白さもFunny。
Interestingなコンテンツがあったとしてもそれは伸びない。
ブログのメインストリームは、Funnyで出来ている。


Interestingなコンテンツを書くのはある程度の知識や知恵が必要になる。
それなりの蓄積をベースに積みあげて面白い(Interesting)なコンテンツを書く。

ところがFunnyなコンテンツには知識や知恵は必要ない。
どちらかと言えばそれは邪魔なくらいで、知識や知恵無しに読み手に語りかけるよう、面白おかしく、状況が伝わるよう、実際にあったこと考えたことを平易に書く。
するとそれを読む側も知識や知恵も無しに読める。
書き手も多く、読み手も多くそれを望んでいるように見える。
「人気ブログ」と言われ話題なのは大体がそういったFunnyなもの。

Interestingなコンテンツを読むにはそれなりに腰を据えたり、気合がいる。
あるいは前提となる知識やそれなりの思考が。

中にはInterestingな風を装いつつ実際は破たんしているものもある。
一見何か素晴らしいもののように見えるが、実は砂上の楼閣。

そういう記事は多くが絶賛コメントを寄せている、が一部的確に読む人がそれなりのコメントを寄せる。
付け焼き刃はしょせんその程度でしかないし、通用しないひともいる。
とはいえネットで本格的で専門的なコンテンツが受けるかどうかは(ギークなものを除き)定かではない。
大上段で言いきって、浅薄でも大勢にわからなければ瑕疵にならない。