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ハイエンドな社会から見えないローエンドな社会

ブログ 社会


テキパキしてない人、愛想も要領も悪い人はどこへ行ったの? - シロクマの屑籠
これは観測範囲だよね、と思って「ウチの周囲にもいますけど?」というコメントを書いたんだけど、考えてみるともう少し深いかもしれない。




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思い返すと生きるのが不器用な人っていっぱいいた。
深夜のコンビニで働いて、違算ばかり出して店長に怒鳴られ、一番ひどかった時は違算一万円とかで(1,000円札の釣りで10,000円札を渡したらしい)みっちり怒られ、それでも仕事を辞めずに、というか辞められない人ってのがいた。

嫁さんと子供に逃げられた無職、借金は数百万、趣味はダンス。

愛想が悪くコミュニケーションが下手で、ただ技術はあるので技術職としては活用されて、しかし社内では浮いている人。

要領が悪く、周囲から気持ち悪がられ、辞めた人。

仕事の初日「トイレ行きます」と言って出て行ったっきり二度と帰ってこなかった人ってのもいたな。

要領は悪いのになぜか学歴だけあって態度が偉そうな役職の人とか。
もちろん機会があれば怒鳴られる。
え?今さら?って失敗もする。で、イライラしながら尻拭いとか。


しろくまセンセのこのツイートの「どこの業種」がどの業種なんだかわからないけれど、ブルーカラーの現場レベルなら掃いて捨てるほどいるし「いったいこの人にどう指示すればきちんと動いてくれるのか」と頭を抱えるような人だっている。
若い人は現場をやりたがらなくても、だってサービス業は無理なんだもの。

「そんなもん観測範囲が狭いんじゃね?」という返しはあるんだろうけど、でも厳密にはそうじゃなく、しろくま先生は嘘をつくわけも誇張でもなく、先生の生きるハイエンドな「社会」にはそういう人がいなくて、自分みたいに地べたを這いずって(上ったり下ったり)生きてるような人間が見てるローエンドな「社会」は明確に分かれているのかもしれないと思った。
コメント欄にもだから「確かにその通りだ」みたいに同調するひともいる。
見える人には見えるけど、見えない人には本当に見えない。


コンビニのペットボトル売り場の表と裏は全然違う。
バックヤードから、防寒着を着込んで薄暗い冷蔵庫に入りペットボトルを補充するあの感覚ってのはやった人間ならわかるが、客側からは見えない。
でも客からすれば表の明るいところだけが「社会」。

ほんの数十年前までは、日本社会のあちこちに要領が悪い人・無愛想な人が溢れていたはずだ。融通の利かない店員さんも沢山いた。私の周囲もそうだった。だから、いくら社員教育が充実したとはいえ、今の若い世代にだってそういう人が相当数いなければ辻褄が合わないはずなのだ。
 
 ところが現に社会の最前線に現れてくる若者達はというと、実によく働き、なかなかに器用で、愛想も悪くないときている。老人の常套句に「近頃の若者はなっていない」というのがあるが、少なくともこの点では逆だ。「近頃の若者は、不思議なほどよくできている」。

単著を出してるお医者さんがローエンドに生きてるわけもなく。
先生がいつくらいから今の社会的位置なのかわかりませんけど、昭和の若い頃とは自身の立ち位置だって変わってるしその頃見えていた風景とも変わってしまったろう。


しろくま先生の人生とハイエンドな「社会」に、山奥に走るトラックから産廃投げまくって筋肉痛で仕事前に警察に追いかけられてた現役暴走族とかいないと思うんですよ(「パトカー追いかけてきたんでバイクで細い道に入って振り切ってきたっすよー。ガチでヤバかったっすwww」と言われてどんな顔をすればよかったんだろう)。
偉そうなお局様(社長の親族?)に怒鳴られながら頭を下げ、お客さんに拙いセールストークで話しかける販売員とか。
ベルトコンベアーでずーっとブツブツ言ってるやつとか。
明らかに宗教団体の出先機関っぽい一般小売でも仕事がなく働かなきゃあならない人とか(変なお祈りしなきゃならない。あれは本当に怖い)。
給料の大半を音楽機材に突っ込みまくったせいで毎日松屋通いの男とかいるのかしら。

工場のライン、工事現場、コンビニの深夜バイト、パン工場、コールセンター、警備員、製本工場の日雇い。

そういうローエンドでも「社会」だし、そういうところに愛想も要領も悪い人ってのもいた。
反対に言えばしろくま先生が生きているハイエンドな「社会」と、そのハイエンドな「社会」に接触するローエンドの「社会」からは目隠しされハイエンドから見えないようにされた。
だから先生の観測範囲では「どこに行ったんだろう?」と言われる。
でもローエンドとハイエンドの「社会」の接点からそういう人を排除したのはハイエンドな経営者側の意見なんすよね。
ローエンドにそんな力はないんだから。
しろくま先生が言うようなひとと会いたければ人材派遣会社にでも行って営業とか管理にでも「どーしてもつかえない人ってどうしてるんですか?」って聞いてみればよくわかると思う。
一山なんぼで教えてくれるし、排除されずに必死で生きてる。

それは今の社会が云々じゃなく前からそうだったんですよね。
前の方がもっとひどかったけれども。
しろくま先生にすら見えるところまで溢れ出ていたそれらのひとが、全体の人が減ったせいで裏方に押し込めることにできた。

先生の記事が怖いのはそれを「切り捨てた」「水面下」って表現するところなんですよ。
だって水面下なローエンドからすればハイエンドの世界こそ見えない雲の上ですから。
しろくま先生が「不器用な人間を切り捨てた社会は〜」と書いてる社会は雲のうえ。
不器用な人間が山ほどいる水面下で生きてれば、いなくなったと書かれている人々が日常的に存在して、反対に「そんな清潔なハイエンド社会で水面下を嘆いてるあなたって一体……」って感想にならざるを得ない。


怖いのはそういうひとが見えないことより、そういう人たちがいなくなったように思われてしまっていること。
そしてそういうひとがいないまま生きていける社会なのかもしれない。
でも先生は「テキパキしていない奴、愛想も要領も悪い奴でも働ける社会だった」というけど昔っから怒鳴られなじられたひとが、果たしてハイエンドから見えるところで働くのが幸せなんだろうか?
それでも働けていた、んじゃなくそういう人が働いたんじゃあハイエンドな客が寄り付かないから排除されたんですしおすし。
釣り銭間違えりゃあ店長だってキレる。
受け入れ先はローエンドの、お医者さんからは見えない工場の中。


職の機会があるのはもちろんいい。
でも本人はそれを望むのかな。気持ちよく働けるってなんだろうか。
ハイエンドなお客様の相手なんてしたくないですよ。
気を遣う。

ローエンドでもそれなりに生きられれば幸せなんですけどね。
別に海外旅行とかしたいわけじゃなく。
三食食えて休みはゴロゴロして、そこそこ貯金があれば。
扉をガンガン蹴られながら「いるのはわかってんだぞー出て来いよー」ってヤ◯ザに追い込みかけられる人生(自分の経験じゃないですよ。聞いた話)とお医者さんの人生が交わることはないものなぁ。


よく二極化って言われるけど、こういうのも二極化なのかもしれない。
生きる世界が違えば見える風景が違うなんて当たり前だけど。

水面下より愛をこめて。
融解するオタク・サブカル・ヤンキー  ファスト風土適応論