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炎上時必須の「スルースキル」と単なる「スルー」は違う


ネット時代の「スルースキル」 - 日刊サイゾー

今どき、ネットを使うならスルースキルは必須。「スルーする」とは、他人からあおられたときに、反応しなかったり、気にしないこと。例えば、ネットに書いた自分の意見に対して、見知らぬ誰かから意味もなく「そんなわけねーじゃん、バカかよ」などと攻撃された場合。何も反論せず無視する、つまりスルーするのが正解だ。しかし、現実にはカッとなって反論してしまう人があまりにも多い。その反論にまたかみつかれ、泥沼化するのだ。

ぢょねー。
スルーってだいぢよねー。
よねー。
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炎上したらスルーしましょう。
いつも言う。
炎上慣れしてないひととか、炎上をあまり知らないひとほどこう言いたがる。

みんな忘れる

スルーと言うのは、実は巧くない場合もある。
もちろんスルーすべき場面、と言うのもあるけれど認めなければならない部分もある。
その辺も理解せず「ともかくスルーが正解」と言われる。

佐野ひなこ ファースト写真集 Hinako
ネット民は熱しやすく冷めやすい。
ZOZOの前澤友作が顧客の送料に対する不満のツイートを晒しあげて燃えたこととか、安藤ミッフィーのアム〇ェイ騒ぎ、家入のSTUDYGIFTと坂口綾優&僕秩ヨシナガのバズテクコンビ、はにゃんみずにゃん、H.E.S.S.*1、乙武氏のレストラン炎上騒ぎもみんな記憶の彼方だし佐野ひなこを見ても誰も田中舜の名前を出したりしない。

どれも自分の生活に影響するわけでもない、懐も痛まない。
誰かと誰かがくっついただ、離れただのゴシップと同じ。
だからスルー常道で、沈黙を守る必要があるし、それがテンプレになる。


アレだけ燃えたSTUDYGIFTが再開予定って言ってたのに予告時期過ぎても開始しないのに誰も突っ込まない。
HONZでマンガHONZが始まったとき、誰も
「成毛眞って「知的な人間は漫画なんて読まない」って言って燃えてたのにマンガwww?」
とは言わない*2
僕秩ヨシナガと原哲夫の奥さんが結婚宣言したのを誰が思い出すんだか。
かつて究極超人あ~るに「時事ネタはすぐ風化するぞ」と言う名言があったが、まさにその通り。


完全に落ち度があった場合、それを認めないと言うことは責任を棚上げにしたのと同じ。
そこで信用は間違いなく下がる。
幾ら無視したところで事実が変わるわけではない。


スルーは自分に向けられる非難に対しては有効でも、行ってしまった落ち度を何一つ補償しない。
いいね! がもらえる SNSでバズるテク
必要なのは、スルーするべきことと、認めなければいけないことを別けて考える力。
「スルースキル」というのは、単なるスルーではない。

スルースキル

エゴサーチ(エゴサ)という自虐プレイがある。
こじらせた久保ミツロウは息を吸うように自分の名前をエゴサするそうだが、エゴサを行うひとは、案外多くて以前、tokuriki氏が「笑顔でマキビシ撒いてそう」とツイしたら補足されたことがあったり、ヨシナガにもエゴサされたし、イケダハ師もエゴサしてる。
……つまり、めん〇くさいひとはやってると。
(注:ブログをやってるひとは名前やブログを出した発言をRTしたりもするためにエゴサを行うので必ずしもめんどくさいからとは限らない)

誰が自分のウワサをしてようが知りたくないし知らなくてもいい。
みんなは自分のことをどう思ってるのか、何を言ってるのか。
現実世界にはエゴサがないから、自分が席を立つと悪いウワサ話をするんじゃないかと席も立てなくなる。

閉じこもるインターネット――グーグル・パーソナライズ・民主主義
ネットは見なくていいものは見なくていい。
気づけばカスタマイズされたネット環境が取り囲む。

あなたが見ているネットは、わたしが見ているネットと同じではない。

イーライ・パリサー著「閉じこもるインターネット」はそんなパーソナライズされたインターネットの危険性を説いた本だったが、しかし傷つかずにネットを過ごすにはパーソナライズも必要になる。
出会うべきでないものと出会い、繋がるべきでないひとと繋がってしまう。
それがインターネット。
口の端から泡を出しながら道の真ん中でブツブツ言う、現実世界なら間違いなく無視して通り過ぎるようなアブない相手でも、インターネットではカワイイ魔法少女のアイコンで、発言もしっかりしていて、もしかすると仲良く会話するかもしれない。
反対に現実世界でなら声をかけたいような美少女が、ネットでは思想が偏りシネシネと罵詈雑言を連ねてるかもしれない。

多く流れる情報の中から知りたいものだけを見ればいい。
そして知らなくてもいい情報は知らなくてもいい。
誰もがネットウォッチャーになる必要はないし、ネットを見れば見るほどソウルジェムは濁って行く。
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初手


ネットってのは素晴らしいセカイで、見ず知らずの他人から突然キモオタ死ねだのバカだのとメッセージが跳んでくる。
ブロック、スルーはもちろん楽だし、マトモに応対してもろくなことは無い。
以前アホなツイが来たのでマトモに応対したが罵声しか返らず結局ブロックしてスパム報告したこともあるし、反対にケンカになりそうな流れが何となく実りのある話に展開したこともある。

ネットの上の罵声に果たして求める結論があるのかないのか。
もし「死ね」という声が来たとして、では死ねば納得するのか、相手のために死ぬのか、その理由は何か、何のために死ぬのか、死ぬのは量刑として適当か。
そんなものは無い。
「死ね」と言うやつは死んでも責任なんて感じないし「死ね」と言うこと自体が目的でしかない。
「死ね」と言うこと自体が目的なので相手が傷つくかそうでないかよりも言いたい方が先にある。
「死ね」と言いたい。「死ね」と伝えたい。
死なせたいわけではなくオレはむかついて「死ね」と思ってることをお前に言いたいから、だから「死ね」


争いの先には必ず勝敗(目的)がある。
負ければ○○。
勝てば○○。
最終的な相手の望みは?
どうしたいのか?
それは正当な要求か?
権利はあるのか?
それがない争いは行っても仕方がない。

争い自体が目的(行為が目的)の争いほど無益なことはない。
現実世界で言えば
「暴れたいから喧嘩をしてる」
それと同じ。
もっとも「スルー」すべき。
プロレスみたいに外野で見てる分には面白いが、そんな無意味なコトを自分がやることはない。

真のスルースキル

スルースキルとは、単に全てを無視することを指していない。
無視すべきことを無視し、認めることを認める。
そして見なくていい情報は見ない。
それらをすべて含めて「スルースキル」と呼ぶ。

見ないことは簡単。単に答えなければいいだけの話。
しかしそれではどんどん評価が下がる。
時には誠実な対応も必要だし、時には上から切って捨てる大胆さも必要になる。
あるいはそれすらネタにし、あるいは他人ごとのように語って見せ。
非常時の対応力、そして常日頃の情報の取捨選択。


知らずにいた方がいいことを知らない、と言うのは実は難しい。
ひとは知りたがる生き物だし、知りたいことを知るのが簡単なのがネットの世界。
知らなくていいのに知ってしまい独りで勝手に傷つく。
「燃えたらスルーしましょう」と、ひと言で言うけれども、ひと言で言えるほど簡単なことならネットで炎上なんてなくなるし、たとえ燃えたとしても対処も容易。
燃えれば燃えるほど検索すれば過去のことだってゴロゴロ出てくる。
だからこれからもネットでの「忘れられる権利」も必要になってくるんでしょうけれど。


知れば知るほど魂は黒いレトリックに染まって行き気づけばイドの怪物に捉えられる。
スルーしたって、地に落ちた名前はどうしようもない。

最近、ブサイクなスルースキルで評判ガタ落ちしてるひともいる。
引くに引けないところまで来たから何があってももう無視する以外のやり方がわからない。
このまま片隅で生きて、いずれ忘れられるんでしょうが。


炎上の燃えカスが積み重なりネットは日々かさを増して行く。
無視すれば生きていける、なんてバカな経文唱えてりゃあ上手く転がる、なーんて楽なもんなわけがない。

ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること

*1:はるかぜちゃんエゴサーチシステム

*2:マンガHONZはホリエモンが代表