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テレビにぶら下がるインターネット


先週「マツコの知らない世界」予告を見てたらフィギュアスケートと手帳を特集するってんで
「来週、絶対“マツコの知らない世界で紹介されてた手帳”まとめって記事上がるだろ。ホテントリしてたらがっかりだよ」
ツイートして一週間後。



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予想通り書かれ、予想通りホテントリするの巻。
本当がっかりだよ。
http://www.tbs.co.jp/matsuko-sekai/archive/20141202.html
アーカイヴが人気になるならわかりますけどね。

テレビの情報は歪んでる

一時期、テレビを観ないでドヤ顔するのが流行ったが「テレビの情報は歪んでる」と言うのにそのテレビを元にした情報がネットに溢れる。
月曜になると日曜の「ワイドナショー」でDT松本が語った中身がそのままYahoo!ニュースにあがる。テレビを観ないどころかテレビの情報がネットで見れてしまう。
そしてテレビ番組で紹介されたモノがまとめられ記事になってホットエントリーしてる。
書き起こしにしろそうだが、この「テレビ発の情報」が編集・改編され、抜粋され、ネットに投下され話題のエントリーになってしまう現状って何なんだろう、と。

そしてネットのニュースが恣意的にテレビの発言を一部しか採らなかったりして知らないユーザーが見れば「これはひどい」になるけど、観ていれば「この番組見てたけどこんな感じじゃなかったなー」という感想に別れたりするのもよく見る光景。


まとめが重宝されるように、今や一次ソース(テレビ、雑誌など)よりも恣意的だろうが何だろうが加工された二次ソース(まとめや記事など)が一次ソースに勝ってしまう場面が多々ある。
まとめを目の敵にするひとは多いのに、テレビ番組にぶら下がり流れた情報を編集しただけのものは叩かれづらく重宝されてしまう。
「JKの制服は目の保養」発言にモヤモヤしなくてもこっちにこそモヤモヤする。

ネットにあるテレビの情報なんてテレビそのものより避けるべきじゃね?(テレビを歪んでると言うひとは、ね)
それとも加工されることが免罪符なんだろうか。
内側から見たテレビ やらせ・捏造・情報操作の構造 (朝日新書)