読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ジャパニーズ・クリスマス解放戦線異状なし


「ジャパニーズクリスマス」って平賀源内の「土用の丑の日」と変わらない。
「バレンタインデー」にしろ日本人と言うのは、何かきっかけさえあればそれに乗じて行動する気質があってそれを煽る「資本主義なお題目」としての名目をぶちあげる。



【広告】






現代、平賀源内のかけた「土用の丑の日」という呪はウナギの希少性によって破壊されつつあり、しかしクリスマスやバレンタインデーと言う男女をベースにした口実は未だに呪の力は強く、普段から「何かに囚われるのはよくない、思考は自由であるべきだ」とのたまうような方々であれ周囲が「メリクリー★」とシャンパン片手にコスプレパーティーでも開こうものならそこに参加せざるを得ず、子供に妖怪ウォッチのオモチャを買うべくトイザラスを何軒もハシゴせざるを得ない。
「クリスマスなんて我が家には関係ない!」
と言いはっても
「お父さん、プレゼント買いたくないんでしょ」
「やだー!サンタさんはいるもん!!」
という妻と子供の責め苦に耐えられるほど頑強な父親は不在であり、彼女の
「お台場でデートしたいなー」
という声に寒風吹きすさぶ中、ダウンジャケットを引っ張り出し混雑するゆりかもめで海風に吹かれに行くのもいとおかし。


かくて鮮血が如き色に染められた服に身を包むサンタと言う名の虐殺部隊が一気呵成に押し寄せる物量作戦に、藤子不二雄がかつて短編「流血鬼」で描いたパラダイムシフトが如く崇高なる理想を追う孤独主義者は白旗を上げざるを得ない。

結局のところ「クリスマス終了のお知らせ」をまき散らす孤独な非リアがクリスマスにコミットできないのはジャパニーズ・クリスマスと言うお題目自体が、そもそも孤独な人間を放置した「男女の聖なる夜」という資本主義的に正しく本来的に歪んだ概念を推し進めた結果であり、だからこそ孤独……いや、孤高な非リアは自尊心を持ちジャパニーズ・クリスマスという資本主義の生み出した腐った果実である虚妄の概念を完全否定し、資本主義に踊らされケーキを買い込みパコることで性なる夜を実践しようとホテルの部屋を予約するような愚かな雌雄を嗤い、独り部屋で快哉を叫ぶべきなのである。
リア充が爆発する必要なぞない。
もはやリア充がクリスマスと言う虚妄に踊ろうがハロウィーンでコスプレ行脚していようが、冷たい目で見つめていればよいのである。
f:id:paradisecircus69:20141119151948j:plain
それこそがこの戦線での勝利条件であり、それこそが孤軍奮闘し生き残る道であると私は信じる。
諸君!
賢明なる諸君!!
我々は敗残兵ではない!

虚妄に踊らされることのない孤独を愛する諸君!
我々こそが勝者なのである。

無知蒙昧な輩が幾ら踊ろうが、それを嗤い、蔑み、我々の正しさを顧みればよいのである。
ジャパニーズ・クリスマスと言う愚かしい虚構はもはや存在しない。
そのようなモノは、全て「妖怪ウォッチ」ブームに踊る子供らと寸分の差もない!
資本主義を操る一部の輩を肥え太らせるための仕組みでしかない。
浅薄で下賤なものである。

戦況はもはや明白である。
戦線を維持するだけの根拠をクリスマス側は持ち得ていない。
戦線を維持できずに背を向けて逃げ去る敵に向けて迫撃砲を撃ち込もうではないか。
あと数年である!
あと数年でクリスマスは必ずや陥落するであろう!
戦況は我々に有利だ。


だからこそ高らかに叫ぶべきである。
Hallelujahと!

戦線から遠退くと楽観主義が現実に取って代る。そして最高意志決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。戦争に負けている時は特にそうだ

PATLABOR2 THE MOVIE