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情報過多な社会での正しい生き方と適量の情報

WEB 社会


年末年始は、ネットをやらなかった。
おかげでRSSリーダーは記事が溜まって、はてなでの話題もすっかりついていけない。
とまれ果たして情報って必要なのか?と。



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暇さえあれえばスマホをいじって情報に接する。
そうしないと不安になる。
まさにネット中毒であって情報中毒だ。

かいちょの書く通り、本当に中毒。

なぜ情報中毒になるのか、と言えば情報とはドラッグだからだろう。
無尽蔵のジャンクフード、処理しても処理しても出てくる。


ひとの時間は、有限。
いずれ死にゆく坂を止まることなく転がり落ちてる。
だからこそ少しでも効率的に、少しでも情報を、少しでも何か知りたい。
人間の好奇心にとってネットはネコじゃらし。


たしかに北の国からの五郎さんだとかCWニコルみたいに「森はアタタカ~イ」 と言って過ごす晴耕雨読な生きざまにも憧れるんだけど、現実を観れば満員電車に揺られ電車の遅延にいらいらし、キーボードを叩き、立ち食いそばで夕食を済ませる生活をしていてネイチャーライフなんて程遠く、情報は町中にあふれていて耳目をこじ開けねじ込み、無理やりに入ってくる。

時間は有限で、資本主義社会で、生きるなら将来は不安で、結婚して子供が出来て、学費も保険もローンもあるし、だから稼がなきゃならないし、稼ぐには情報と効率化が必須で、だからライフハックと自己啓発と話題の実用書を読みまくって、ネットで稼げると聞けばブクマしまくって隙間時間でブログ作って小遣いくらい稼げないかなーと考えて、気づけば時間(リソース)を情報にがっつり充てて……。


日々の情報で必要なモノなんてほんの一握り。
大半は、数日後に忘れてる。
「必要」な情報とは何か?と考えればとてもとても少ない。
マンガもアニメもドラマも歌も海外のニュースも。
それがないと絶対にならない、人生に必須だ、って情報やコンテンツってどれだけあるか。


とはいえ、では最低限の情報や環境で生きることって幸せなのか、と?

幸せだったらいいんですよ。
ネイチャーマンセーでも、シンプルライフガーでも。
生き方なんて本人が満足してるならそれでいい。
ひとなんて遺伝子の乗り物でしかない。
満足や幸福ってのが幻想でも、その幻想をベースに人生は出来てる。

情報にどっぷりつかってても本人がそれで良いなら別にいい。
メタボでも中毒でも。
ちょっと情報多すぎるなーと感じるなら自分が必要ないと感じるものを減らせばいい。
適量の情報ってのはそのひとがどう思うかによって大きく変わる。
太り過ぎでも本人が「オレは早死にしてもいいから美味いものを食いたい」ってひとを止めやしません。
ゲームだって単なる娯楽にリソースをガッツリ突っ込んでるけど、ハマったらしょーがない。
人生に「これをやらなきゃあならない」なんて目的はないのだし(遺伝子には、産めよ増やせよと指向されてるとしても)。
情報も同じ。


金貯めて、田舎で投資と養蜂で暮らしていければなー。
晴耕雨読でミステリを読む。
シャーロック・ホームズとか理想的。

北国に独り住むのはしんどいっすわ、さすがに。
蜜の味 (ハヤカワ・ミステリ文庫 83-1)