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常識を疑うのは難しい

道を歩いていたらJKの会話が聞こえた。

A「○○先生の出す問題おかしいよねー」
B「どんなだっけ?」
A「”元日は何のためにあるでしょう”答えが”一年の節目”だって」
B「あーあれ、おかしいよねー。あたりまえじゃん」

大体こんな感じ。
問題としてはどうかな?首を少し傾げるけど「あたりまえじゃん」でもない。
常識として存在することを疑うのは難しい。



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ダンカン・ワッツ”偶然の科学”に出てくる話。

電車の優先座席に老人などが座るのは常識。
そこへ若者が「席を譲ってくれ」と持ちかけたらどうなるか?という実験を行ったのだそうだ。
当然激しい抵抗にあったし、まず話しかける若者の方に「老人や妊娠中のひとが座るのが当然の席に譲ってほしいと話しかける」ことに対する心理的な強い抵抗感があった。

当たり前、と思っていることが少しでも違うと違和感を感じる。
エレベーターの中で一人だけ扉ではなく壁の方を向いて乗っているひとと眼が合えば「このひとは頭おかしいのか?」くらい思うかもしれない。
ただ向いている方向が違う、と言うだけなのに。


いわゆる旧暦は、明治まで使われていた。

日本の旧暦は天保暦である。天保暦は今なお占いや伝統行事などで需要があり、旧暦もしくは陰暦の俗称で用いられている。ただし後述するとおり、現在旧暦として使われている暦は改暦前の天保暦とわずかに異なる。
天保暦は明治5年12月2日(1872年12月31日)まで使われていた。その翌日の12月3日をもって明治6年(1873年)1月1日に改められ、グレゴリオ暦(太陽暦)に改暦された。改暦は明治5年11月9日(1872年12月9日)に布告し、翌月に実施された。

旧暦 - Wikipedia

正月と言う行事自体はそれ以前からあったが、旧暦→現在のグレゴリオ暦に変わった際に正月も動いた。
正月も暦も絶対ではない。
人間が都合よく決めた目盛に過ぎない。
特殊な「年号が変わる節目としての節目(ターニングポイントとして)」という元旦という祝日の存在自体が常識として存在することを疑うのは難しい。

そこまで考えて出題してるかどうかは定かではないけれど。
偶然の科学