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「お金持ちだけど心は豊か」もない

tm2501.hatenablog.com
雑なパンチだなーと思って読んだのに。

最近、青二氏の記事に「良記事だ」みたいなコメントが付くことが増えて、なんかすごく残念なんです。
これじゃあまるでどっかの伊賀○代みたいじゃないですか。
かつてNumber(N)ineの宮下はアクセルローズ*1のコスプレみたいなコレクションを発表した際に「笑ってほしかった」のにファッションメディアが大絶賛したのを見てNumber(N)ineを解散した、という逸話がある。

青二氏は、大ぶりで雑な右フックを繰り出してリングサイドの観客から「ほらほら、脇ががら空きだからレバーブロー食らうぜ(クスクス」と言われつつ、試合後は「あのフックでカウンターが来るのはわかってましたがアレも計算です(きりっ」って折れた肋骨をかばいつつも冷汗を我慢してインタビューに答えるプレイスタイルだってのにそんなこともわからず大ぶりのフックを褒めるなんて観客の質よ……。




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まぁ、ざっくりジェシー・リバモア辺りから行きますが。
世紀の相場師ジェシー・リバモア (海外シリーズ)
リバモアは「ウォール街のグレートベア」の異名を持つウォール街の投資家。

15歳からボストンで株取引に手を出し始めて、1897年に破産。
1900年に5万ドルの資産を作るが同年2度目の破産。
1907年には100万ドルの資産を保有するようになるが、綿花に手を出し1915年ころに破産。
しかし17年には債権者達に負債を完済。
1929年、空売りをして1億ドルの利益を上げるが1934年に破産。

1940年ピストル自殺を果たすが、残した信託と現金は500万ドルあったという。
(※Wiki参照

なんかジェットコースターみたいな人生ですけど、お金に不自由するような人生ではない。
最終的に死ぬタイミングもお金がなくなった、ではなくてジェットコースターに疲れたんだろう。
リバモアにとっての豊かさはお金の多寡ではなく、相場で大きく張ったときの、ヒリヒリするあの感覚。だから儲けても儲けても尽きることなく、また突っ込み、破産してもまた突っ込む横山やすしイズムで燃え尽きて死んだ。
お金がひとをしあわせにしない。

xkxaxkx.hatenablog.com
id:xKxAxKxさんがつっこんでしまつた。
えーと。
TM氏が書くのは資本主義社会における「しあわせのかたち」のひとつですが、もちろん裕福=しあわせではない。
リアルホームアローンなマコーレー・カルキンの家で息子が稼いでリッチーリッチになったもんだから親が不仲になり揉めて息子も斜め方向へ行ってしまったのは有名な話。

カルキン家の場合、お金がひとの仲を裂き、お金の持つ可能性が家庭の持っていた豊かさを奪い去ってしまい、マコーレーの未来も歪ませた。

お金を持つ、と言うのは選択肢を持てるアドバンテージにはなる。
しかし心の豊かさとイコールではない。

今のミニマリストと名乗る人々の嗜好は、お金がないならなくてもそれで生きられる、またそれで出来る生活スタイルを思考しようと言うものだけど、もちろんそんな考えはバブリーなモノ文化のウチらには「意識高ぇ―」と言われてしまうかもしれないんだけど、なんだかバブルでの物質・資本至上主義(マネーメタボリズム)に対しての極端な反動の気がしてならない。
バブルが崩壊する前は、日銀は公定歩合を引き下げイケイケドンドンな社会の中で金がじゃぶじゃぶ余り、ジュリアナ東京でセンス振りまくって土地を転がしてた。
ところがそんなバブルが弾け、日経平均はダダ下がり。
気が付けば中国にGDPで抜かされてる有様。
これから二流国、三流国になっていくパワーダウンの中で「おれたちがこの国を盛り立てていかなきゃあ!」って若者が必要なのに、ふと見ると「ミニマルライフが―」「空いている時間にはヨガをして精神を~」「まだ東京で消耗してるの?これからは地方でノマドだよwww」なんて国に未来があるわけないっしょ。

もっとわかりやすいのは「若者の○○離れ」じゃないか?
いくつか不思議なのもあるが、嗜好品離れや性関連は「お金がないから付き合いが広がっていかないこと」の典型ではないだろうか?

でも「お金がないことが「若者の○○離れ」の原因である」が成立するなら、お金があればタバコを吸い車にもバイクにも乗りブランド品を買いまくり恋愛もするし風俗にも行きまくるって言うことになるけど、なんかそれは違う感触。
青二氏の考えを敷衍すると、若者が社会に出て経済的に満たされれば「○○離れ」が解消されるはずなんすよ。
でも実際はそんなこともなくって、だからいろいろうまく流れない。


お金があるって言うのはどういうことだろうか。
給料がいい仕事についてるってことか。
ブラックな会社でハードワークで稼いでも使う時間がないのか。
親の遺産があって遊んでるのか。
貧乏と言うのもどの程度かによって全然違うんだが。

単にお金があったって意欲や時間や興味が無ければ何の役にも立たない。
映画「フォックスキャッチャー」に登場する大富豪ジョン・デュポンは全然幸せじゃないし、最終的には殺人まで犯す。

映画『フォックスキャッチャー』予告編 - YouTube


たとえば非正規で働いて給料は低いけれど時間だけはあって、ブログを書いて燃えたり、リベンジポルノで揉めてるひとが東京に来ると聞けば飲みに誘ってみたりするような人生は幸せと言えないのかもしれないけれど、でも経済的に満たされればこのひとの心が満たされるのかと言えばそんなこともない気がする。
このひとに必要なのはお金もそうだが、それよりも支えてくれ話せるパートナーの気がするんですけどね。
少なくとも、生きるのがつらくても、それを共有して分け合える相手がいると、お金のなさだとか選択肢の狭さだとかなんて結構どーとでもなってしまう。

別に三丁目の夕日的な、清貧ロマンシズムを提唱するつもりはないし、お金はあった方がいいけども、お金の多寡がしあわせや心の豊かさの裏付けになるか?と言われるとなんか違うなーと。

青二氏の理屈は「経済的に苦しかった過去の日本人は全員心が貧しかった」まで拡大もできるわけですし、途端破たんする。
だって精神的幸福感を充実させるための資本主義的成功ではないもの。
それはニアイコールでしかない。
可能性を広げる、社会的アドバンテージにはなるけれどね。
大事なことなので二度書きますが。


まぁ、こんなリバーブローは当然「これがボクのブログの仕掛けなんだよ(キリッ」って言うんでしょうけどね。
仕掛けとしては雑よねw
本気だったら視野が狭過ぎる。

まぁ、本気ではないでしょうが。
貧乏と言いつつ「遊び」って言ってる時点でしれてる。

心が貧しい貧乏が休日入れてどーすんだよ。
昼夜勤務で週七ですよ。
そこまで働いてそれでも借金があるならそりゃあ心も荒むけども。
睡眠時間数時間なブラック会社で働いた経験のあるウチにはわかる。
寝ないで働き続けると確かに荒む(しみじみ

すべきではないことを学ぶには、持てるもの一切合切を失うというのが一番だ。金を失わないためには何をすべきでないかが分かった時、相場で勝つのに何をすべきかということが、ようやくわかり始めるのだ。

ジェシー・リバモア

どちらにしろどーなんだ?って雑な考察をぺろっと書くのはなんか違う気がするんだけど。
雑な大ぶり右フックなので、雑なレバーブローでした。

青二氏はナジーム・ハメドみたいなファイトスタイルを目指して欲しいけどなぁ。
無理かねぇ……。
目指してるのがモハメド・アリ的な感じだからなぁ。

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*1:ガンズアンドローゼスのボーカル