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相棒の最終回とドラマにおける「伏線」の意味

ミステリ テレビ

minna-no-blog.hatenablog.com

甲斐亨がダークナイトだというのがずっと見てきていたので、杉下右京の相棒をしながらダークナイトをしていたってこと!!というのが意外で興味深かったです。その様子が他の回でちらっとでもわかるようになっていたらすごいなと思いますが、それは全部録画してじっくりみているわけではないのでわかりません。
(中略)
甲斐亨の彼女(笛吹悦子)が病室でダークナイトの映像が映っているニュースを見て何かに気付くシーン。歩き方でおそらく彼と気付くのだが、それでも彼を否定せずに子供を産む決意をするなんてすごいなと思った。
その後がみたいと思った。

あぁ、そうか。
そういう見方をするひともいるんだなと、つい膝を打った。
どうみるかは自由なので好きな感想でいいわけですし、特にテレビドラマは様々な見方をされるので「面白かった」「もっと見たい」という感想はそれはそれでいいと思いますが。


ただ少し「伏線」というものについて書いてみたい。




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伏線、と言うのは回収されなければ意味がない。
回収する話のために伏線は存在するので、別の話の中では浮いている。
他の話の一部や要素を別の話で小出しにする、それが伏線。

わかりづらいので「もしダークナイトの伏線があったらば?」という架空の話にしてみる。

・コンビニのシーン。置いてある雑誌の表紙に「ダークナイトとはいったい?!」と言う文字がある。
・鬼ごっこで遊んでいる子どもら。鬼が赤い服を着ている
・角田課長が帰り際「最近はダークナイトとか言うネズミ小僧みたいなのが」と話すのがオフで流れる
・シーンの繋がりに関係なく甲斐が手に怪我をして杉下に聞かれると「ちょっと転んじゃって」と答える
・内村刑事部長が「特命課はダークナイトでも追ってればいいものを」ボソッと漏らす

こういうシーンが、ここ数シーズンの相棒の各話に挿入される。
すると、これが最終回に「伏線」として機能する。

伏線ってのは、観ている人間に引っ掛からなきゃあならない。
引っかからない伏線はただのノイズ。


伏線といってもいろんなやり口がありますが、たとえば「ユージュアル・サスペクツ」のカイザーソゼ。
あの伏線の張り方は素晴らしかった。


The Usual Suspects - Opening Scene - YouTube
冒頭、船の上で力なく倒れるキートン(ガブリエル・バーン)。
足もとまで流れている油にマッチで火をつける。
誰かの死体の横を走る炎。
が途中、コートの男に消されてしまう。
それを見てがっくりと首を落とすキートン。
近づいてくるコートの男。
キートン「足の感覚がないよ……カイザー」
カイザーと呼ばれた男、銃を構える。
闇夜に響く銃声。
タバコを落とし走り去るコートの男。
油に火がつき再び走り始める。
円窓、積み上げられたタイヤ。
爆発する船。

この冒頭のシーンでカイザー・ソゼと言う存在が匂わされ、実は事件の中核に存在することが徐々に明らかになる。
そして語られるカイザー・ソゼのエピソード。

残酷なカイザー・ソゼは家族を人質に取られた際、家族を自らの手でギャング諸共殺し、相手組織を壊滅させ、組織のメンツと繋がりのあった親せきまで全て殺し、姿を消した伝説のギャング。

そういう「伝説」がある恐ろしい存在である、ということすら伏線として機能する。
冒頭のシーンで挟まれる何気ない丸窓や積み上げられたタイヤも後になって意味がわかる。
銃を持ち替える意味も、ライターも。
あの死体も、一体何があったのかも。

あらゆる細かな要素が全て繋がり、最後の最後に「なるほど!だからだったのか!!」と感心できる。

だから「ユージュアルサスペクツ」の伏線は、とても素晴らしく、良くできている。
あの作品は伏線の塊ですから。

伏線とは騙し絵のようなもの。


美しい伏線は気づいたとき、いわゆる「アハ体験」的に脳内で繋がる。
上の図がとあるキャラであると気づいたときみたいに。

視聴者がまったく気づかず最終話になって「伏線なんてあったっけ?」って感じるような伏線ならそれは伏線として機能していない。

実際、伏線はなかったので気づくことはありえないんですが。


伏線とは回収しなければ伏線ではない。
回収、というのはその話になったときに「あの話に出ていたあのシーンはこういう意味だったんです」が繋がることを指す。

ですからドラマの伏線とは露骨にわかりやすくできてる。
高齢者を意識しなければならないドラマでは、伏線を回収する段になって「あれが伏線でした」というネタばらしをやる。


崖の上で犯人がなぜ殺したかという理由を延々語るのと同じ。
あれにしろ語る相手は刑事ではなく、視聴者に向けて理由を喋っているわけですから。

しかし「ダークナイト」にはそんな綺麗な伏線はなかった。
突然、甲斐はダークナイトになり、キャリアをすべて無にして警察から去った。
最初に決まっていた「甲斐は絶対音感を持ってる」などのステータスを生かすこともなく。

よく「○○の謎」みたいな本が出てますが、アレで取り上げるネタと言うのは多くが回収できなかった伏線であることも多い。
最終話で回収しないから謎のまま残る。
そしてそれを「○○と(言う設定)は実は……」という本で回収されてしまう。

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今回の甲斐享という「相棒」は熟練の杉下に対しての若さというバランスだったはずなんですよ。
初回の寺脇は、頭脳派&肉体派のバディ物。
次のミッチーは同じ頭脳派同士。
そして若さ&老練。
でも途中から若さゆえの甘さがなくなり、甲斐というキャラを持て余したシナリオが増えてた。
杉下が足りない部分を補うからこその相棒なのに、杉下が万能すぎるんですよね。

社会性がないホームズだからワトソンは家庭人だし。
ポワロは頭脳派だからヘイスティングスは元軍人。
バディ物に必要なのはそういうバランスなんですよ。

閑話休題。

伏線、というなら彼女の白血病の方がよほど伏線として機能したはずなんですよ。

病気が悪化し、あるいは彼女と一緒にいるために警察をやめる。
そして最後の事件に挑む、
仮にそれだったら視聴者も納得したんでしょうが。


あのまま彼女は病院に入院、甲斐は捕まり。
結局、彼女が白血病であった伏線も回収できないままで終わってしまった。
なんのために病気になったんだか……。
尻切れとんぼ、バッドエンドもいいところ。

甲斐亨の彼女(笛吹悦子)が病室でダークナイトの映像が映っているニュースを見て何かに気付くシーン。歩き方でおそらく彼と気付くのだが、それでも彼を否定せずに子供を産む決意をするなんてすごいなと思った。
その後がみたいと思った。

ダークナイトって義賊なんですよ。
もし甲斐がやってたのが極悪な強盗犯ならそりゃあ産みたくもないでしょうが「まっすぐな正義感が暴走した結果」と捉えたとするなら産むという決断はおかしくない。
というか最終回であんななって「産まない」って決断は、さすがにいくらあの脚本でもないでしょう。
産むという決断にエピソードはいらないんですが、産まないという決断にはまず「悩む」というエピソードが必要になる。
これは「産む」に繋がるのが「これまでの信頼」なのに対し、「産まない」に繋がるのは最終回一話での「裏切り」しかないから。

これまでのシリーズ各話で描かれた彼女と甲斐との信頼>>>最終話での裏切り。

そして子供を産むという選択は、甲斐というキャラを極悪人に落とさない救済でもある。
どんなことになっても信頼している、そういう人がいる、と描くことで甲斐を救う。

テレビを見て動揺する悦子。
葛藤し、病室に来た石坂浩二にも辛く当たる。
解っていたけれど現実を見るのは辛い。

「私……あの人の子供は産めません」

そう呟く悦子。
言葉なく立ち尽くす父の背中。

……さすがにこの展開にはしないでしょうね。

ここまで書けるならもっといい脚本を書けた気がしなくもww


理屈で考えればこうなる。
なので個人的には、あのシナリオはダメだと思う。

ただ「みんなユージュアルサスペクツを観よう」と声を大にして言いたい。
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