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「自由に生きる」ピラミッドを支えるカモの群れ

社会 ブログ

※以下は、特に批判するつもりもない、記事への私見、感想です
※他人の生き方なんざ知らない

enpitsu-megane.hatenablog.com
どうしてこういう感覚になるのかよくわからないのだけれど、根本から考えてみる。
こう言うひとは、大概どこかで思考停止している印象を受ける。

「自分の頭で考えよう」と言葉に感化されつつ、どこかで考えない罠にハマってる気がしてならない。




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変換効率

僕はずっと真人間を目指していた。社会人になるためには真人間にならなければならない、と思っていたからだ。真人間とは一言でいえば、自立できている人。自分のことは自分でできる人。お金のこと、仕事のこと、将来のこと、生活のこと、家族のことをしっかり考え、管理できる人。そんな人にならなければ、と思っていた。

けど、1年ほど前。僕はネットの向うにはいろんな生き方をしている人がいることを知った。僕のなかの「大人はこうでなければならない」という思い込みをぶこちわす生き方をしている非常識な人たちがいた。すごくおもしろくて魅力的だった。

家入一真さんとか、岡田斗司夫さんといった有名人から、イケダハヤトさんや坂爪圭吾さんなどといった有名ブロガーの存在を知って、僕はすごく勇気づけられたし、人生に希望が持てた。

まずここでの

真人間/クズ(アウトサイダー)

の対比に違和感を感じる。
まず仕事とは、

時間を資本主義社会での通貨に換える変換行為。

を指す。
会社員になれば縛られることも多いが、安定して給与が入りボーナスも入る。
しかし出張だの、清算に出しても領収書が無いだの、稟議は挙げたのかとか、経費に合わないだの、ワークフローはどーなってんだとか、付き合いがあったり、いろいろとめんどくさい。
学歴だのなんだのは、そんな変換効率を上げるためのエフェクター。

フリーターになれば時間なんぼの量り売り、ボーナスもない。
代わりに責任も薄く、時間に余裕もある。


時間→賃金と言う変換が効率的か/非効率的かの差でしかない。
時間の自由度と効率はマッチポンプ。

変換効率  :会社員>フリーター
時間の自由度:会社員<フリーター

スキル

しかし中にはそんな会社の面倒なことに縛られずにお金を効率的に手に入れるひとらがいる。
それは技術や才能を持っているひとびと。
これをここでは「スキル」としよう。
画を書くスキル、歌を歌うスキル、曲を作る、電気工事をする、プログラムを組むスキル。
作家、芸術家、プログラマー、職人。

お金への変換効率:スキル>時間

スキルは変換効率がいい。
なぜならスキルは時間よりも希少価値がある。
時間は誰でも持ってる。
しかしスキルは誰にでもあるわけじゃない。

会社とは「誰でも持っている時間をお金に換える仕組み」でしかない*1
スキルがなくてもだから出来る。
仕事は覚えればいい、技術や才能はいらない。

希少価値:スキル(才能により増幅)>>時間

インサイド・アウトサイド

さて、一般に

真人間/クズ(アウトサイダー)

という対比は広く
法に準じてお金を手に入れる/法から外れてお金を手に入れる
の際に使われる真人間(法にイン)/クズ(法にアウト)
だが、上記記事では違う。
この場合の対比は

会社員/自分で稼ぐ

単にこれだけでしかない。
会社員=真人間、と言うカテゴライズのバカバカしさは誰にでもわかる。

変換効率の安定・不安定の差。
変換システムの確立の楽・難の差。

単にこれを言葉でいい変えたに過ぎない。

言葉を飾り真人間/クズ(アウトサイダー)と言っただけ。
悪いのって格好よくね?自由ってすごくね?アウトサイドを歩こうぜ!!
子供騙しレベルの虚飾のレトリック。

ルー・リード聴き直すとこからはじめたほうがいい。


Lou Reed - Walk On The Wild Side (Lyrics in ...

プチクリと市場原理

さて、現代にはインターネットと言うものが登場した。
これによりお金に変換する効率が良くなり、変換できるスキルのハードルが下がった。
岡田斗司夫は「プチクリ(プチ=クリエイター)」と呼んだけれど、それによって(既存システムを利用し)プロにならなくてもモノを売ったりできるようになった。
プチクリ!―好き=才能!電子版
ところがここでも市場原理は働く。
幾らハードルが下がろうがダメなものはダメ。
しかも数が増えると言うことはライバルが増えると言うことでもある。

スタンプで例える。
スタンプ作家として大儲けできる市場が出来、誰でも画を書いてあげればお金を稼げる。
だが、そこでも才能や運に左右される。
数百万儲かる人間も、数円しか儲からない人間も出てくる。
でも看板にはこう書いてある
「LINEスタンプで誰でも一攫千金」
一獲千金の後ろには無数の敗者が転がってる。
可能性と成功はイコールじゃあない。

STRAY SHEEP

前者は希望に溢れていて、魅力的だ。後者はより現実的で常識的だ。どっちがいいとか、悪いとかはないと思う。ただ、僕はどうしたいんだろう?って思う。左に真人間が立ち、「きちんとした人間にならないとダメだよ」と言っている。右に非常識な人が立ち、「クズでもいいんじゃん、自分をさらけだして明るく生きていこうよ」と言っている。そのあいだで僕はどうしていいかわからなくなっている。

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希望も魅力も幻影なのに。

このひとの言うクズは、本来とても大変。
全てが全てに自分で責任を持たなきゃあならない。
自分の人生を会社に委ね効率よく金を稼ぐ方が楽に決まってる。
責任だって最終的には会社がとってくれる。

しかし自力で生きるならすべての責任を自分が負う。
自由の陰には同等の責任が伴う。
こんなものは非常識でも何でもない。
そこら辺にごろごろ転がってる。


競馬場でカップ酒を飲んでモニターの馬を見つめてるオッサンらは、アウトサイダーに生きてああなった。
自分の人生に自分で責任を取って馬に向かって叫んでる。
アレでいいならそれでいい。


新しい生き方でも何でもない。
成功すれば華々しく、失敗すればどん底。
昔からよくある話。

年老いて、橋の下で寝転がりながら日がな一日、自己啓発書を読むのも自由な人生。
アレも資本主義にとらわれない生き方のひとつ。

新しい生き方を叫ぶ商売は、ピラミッドを支える無数のカモで成り立ってる。
夢を見るカモは自分がただのカモでしかないのに「自由」「才能」を夢見てピラミッドに自ら参加する。
そしてピラミッドの一番上で夢を語りカモから搾取し生きる連中がいる。
「自由」という夢を売りそれで儲かるのは胴元ばかり。

胴元はカモが成功しようが失敗しようが責任なんて取らない。
「転がり続けろ!」
「縛られるな!」
「新しい生き方をするんだ!」

単にキレイに飾った「夢物語」を売るだけ。
成功と自由を大声で謳い、失敗と絶望を謳わない。
失敗したらそいつの責任、信じた者がバカを見るだけ。

仮に成功すればピラミッドの上に仲間入り。
「ボクはこうやって成功したんだ!」と叫ぶ新しいピラミッドが出来上がる。

カモはいつだって光ばかり見て影を見ない。
都合の悪いものから目をそらし夢ばかりを見る。
事実を捻じ曲げ都合よく理解するのに、自分の頭で考えたつもり。


「自由」のピラミッドを支えることの何が自由なんだか。
そんなカモは、ただの歯車の一枚に過ぎない凡百のカモの中の一羽。

カモでいたければ勝手にすればいい。
カモ同士で助け合ってれば夢を見ていられる。
いつまで見ていられるか知ったこっちゃあないが。

勝手に生きろ。
どう生きようが自分の人生の責任は自分がとるしかない。

私は何者にも命も受けずにここに立っている
私は私としてここに立っている
ウォルター・C・ドルネーズとしてここに立っている
私は私の殺意を以ってこの夜明けに貴方方を切断しようと思う

ウォルター・C・ドルネーズ

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

*1:労働者からすれば