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人工知能と人間の意識は違うと言うお話

マッチ箱の脳(AI)―使える人工知能のお話

yamayoshi.hatenablog.com
面白い思考実験なので乗っかってみる。
電子データ化した自己をネットに残せるのか否か、という話ですね。

※だいたい記憶で書いてるのでざっくり感があります



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まず攻殻機動隊なんかでも頻出ワ-ドの「ゴースト」

人間の意識というのは「脳内での熱放射による等価ノイズ」と考えるとこれが難しい。
デジタルデータは「AをBに」ということは容易い。

しかし「AをBに」した際に発生するノイズだ
→それを保存すると言うことになれば途端、難易度が上がる。

だから攻殻では漠然とした「ゴースト」と呼ばれる。
「電気信号を複雑に流せば思考が出来る」
の先は人間のシミュレートというより、もはや新たな意識の創造。

思考と意識は異なる。
将棋などのゲームで手を読ませるのは思考を単純化したものですが、その先に意識が生まれるかどうかは別の話。
思考が複雑になれば意識が生まれるのか?と。


さて、次に「自分」ですか。

自分とは、なんでしょう。
朝、目が覚めると自分がそこにいて、あー今日も仕事かよ、とベッドから起き上がる。
でもその朝起きた「自分」と前日の「自分」が同じであるとどうして言い切れるのか、と。
自動的に自分が自分だと認識してるけど。
でも朝起きて「自分が自分だ」という認識に出身地の記憶やこれまでの人生を振り返らない。
それでも自分は自分だし、寝て起きたのは自分だと思ってる。
※そもそも自分って何やねん、って話でもありますが

ところで時間を捉えるのは人間だけですよね。

rocketnews24.com

しかも人間にとって時間は絶対的でない、というのもこれまたわかってる。
人間は過去があり未来があるから、言葉を残し文明を引き継いできた。
人類という種は個体が滅びても主として生き続け、一人の、ひとつの時代では無理なことでもやって見せる。
サグラダ・ファミリアなんていつまでも作ってる。
アレにしろもし「今」しかなければ造ることはまずできないし、造ろうとしない。

なんか話がズレた。


では、そういう「人間の意識をどっかに移す」ですがまず
・自分とはどこからどこまでか?
ってのもある。

自分ってのは、何十年もの歴史を辿った経験知の塊。
そんな歴史(記憶、思い出)の全てを覚えてなんかいないんだけれど、じゃあそれらの全てが自分に含まれるのか、と。
無ければダメなのか。
さっきも書きましたが今「自分が自分である」ために必要なものは多くない。


で、移せるとしましょうか。
仮にそんなハードウェアと技術が出来た。
すると残った体はどうなるか。
脳から電気信号が抜き去られ消えるのか、それとも複写されるのか。

複写ならややこしい。

なにせ別のハードに移った途端、意識Aと意識Bは別のログになる。
ハードが違うわけですから。
別のログを経たAとBは果たして同じ自分ですかね?

もしログが違ってもどちらも自分であると言うなら、全てを残さなければ自分とは呼べないのか?という質問に回帰する。
だって多少違ってても自分は自分だと言うならすべて残さなくてもいい。
とは言えその閾値をどこにするのか、という話ですがね。

この辺は飛 浩隆の「グランヴァカンス」「ラギッドガール」で扱われてる。
面白いので一読をお勧め。

グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ
ラギッド・ガール 廃園の天使Ⅱ


人工知能というのは人間の意識を造り出すものではない。
人間の思考相当の働きを電子回路で再現しようとしてる。
それが出来たとしても人間の意識をどこかに移すのはまた別の話。


人工知能開発の話って、思考に対するアプローチひとつで全く異なる世界でして。
だから漠然とSFチックに語れるけど実際は簡単なことですら簡単では無い。


意識に関しては「脳の中の幽霊」とか。
AIなら「フューチャー・オブ・マインド」「クラウドからAIへ」とか読んでみると面白いかと。

まとまってないんで、とりまこんなもんで。
いずれまた。

クラウドからAIへ

フューチャー・オブ・マインド 心の未来を科学する