インターステラーの映像と無音の効果

インターステラー ブルーレイ&DVDセット(初回限定生産/3枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]

ノーランの「インターステラー」をようやく見ました。
SF的な観点から語られてる記事はもうとっくにあると思うので、ここでは映画的な面から少しばかり。
映像と音楽について。



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エンタメ的カメラとドキュメント的カメラ

まずカメラワーク。
基本手持ちハンディの手ぶれありの画面が基本。

そして面白いのが、SFなら多い遠景が少ないってとこですね。
日常世界なら世界が地続きなので遠景は少なくても構成できる。
でもSFは架空の世界が多いので遠景を多用する。


たとえばスターウォーズには、遠景がものすごく多い。


STAR WARS - The DEATHSTAR BATTLE re ...

これを例にしますが、
Xウィングが飛び立つシーンで遠景のXウイングとコクピットのルークが交互に映る。
これによって「このXウイングに乗っているのはルークで今から飛び立つんだ」ということがわかる。
スターウォーズの説得力というのは映像の中で架空の機械や宇宙人が物語を演じることで生まれる。だからこそ遠景で全景を撮り、それを動かしてやる必要がある。
デススターだって引きの画で惑星全体を映す。
一部分ではなく、宇宙に浮かぶ惑星全体が機械なんだという説明になってる。

コクピット→戦闘機→コクピットの交互のカットによるクレショフ効果で、観客は前後のカットに繋がりを感じ、どれに誰が乗ってるのかを映像的に説明する。


インターステラーのロケットの射ち上げシーンで考える。
娘マーフィーにクーパーは宇宙に行くと話すが、娘は拗ねて聞き入れない。

娘マーフィーとの別れ
→家族との別れ
→車で走り去る(カウントダウンの声だけが被る)
→父を追って家から飛び出してくるマーフィー
→車を運転しながら涙を堪えるクーパー(カウントダウン終了)
→噴射の火炎
→ロケット表面を落ちる氷(2カット)
→コクピットでGに耐えるクーパー
→切り離される多段式ロケット
→コクピットでの会話

よくある映画なら射ち上げで立ち上る煙を見て父親を思う娘のカットとか、ロケットの遠景を撮ったりするわけですがそういうものが一切ない。
射ち上げられたロケットがどんな形をしてるのか今ひとつわからない。
でも観客はロケットは射ち上げられたと感じるし、遠景がない分物語との距離を感じない。
記録映像にあるロケットの固定カメラっぽい映像がとても多く、そのあたりが観客にリアリティを感じさせる。
このシーンでは遠ざかって行く車の砂煙がロケットの噴射の代わりとして機能して、娘から離れていく父親を表現してる。

もしロケットの射ち上げを見つめる娘、を描こうとすると娘マーフィーは父のことを納得してなきゃならない。
でもこの段階でマーフィーは父が宇宙へ行くことを納得していないので宇宙船の射ち上げではなく走り去って行く車で感情的な表現を行い、そのあとで実際の射ち上げシーンに推移するという二重構造をとってる。
これもクレショフ効果ですがある種「ロケットの射ち上げはもう知ってるでしょう?」という思考が覗けなくもない。


宇宙空間に浮かんでいる宇宙空間に浮かんでいる宇宙船の姿もとても少ない。
だから必然的に宇宙に輝く星が映る画面が少ない。
ワームホールに入るときは船体の相対的な速度感が欲しいので星が多めに映りますが。

宇宙での速度の表現というのは惑星や星との対比が使われる。
真っ暗な宇宙が背景だと速度が伝わらない。

音楽と無音と

そして音楽の使い方もとても抑えられてる。
娘や家族との別れのシーンではハンス・ジマーのしっとりした曲が流れてる。
しかしその音楽もロケットの発射の炎(噴射音)→落ちる氷→コクピットのところで切れる。
ここで感情的なシークエンスが切れるわけです。
そして周回軌道に乗りドッキングシークエンスに入るわけですが、ここで一切音楽を使わない。
無音に台詞や自然音だけが流れる。
しかも星空は映らず、真っ暗な真空と地球が対比的に配置されてる。
ドッキングシークエンスになるまでBGMはない。
このかなりストイックな作りがエンタメとして抑えめでありハードSFと評されるところなんだと思う。


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マット・デイモンがエアロックを接続しようとする。
しかし繋がってない。
なんとか追いつこうとするが間に合わず、危険を察知しマシュー・マコノヒーらは退避を始める。
そして爆発、ここでそれまで流れてた音楽、自然音が切れ無音になる(1分のあたり)。
破壊は全て真空の中で起きるので無音で描かれる。
これがスターウォーズなら爆音と派手なBGMになる。

そしてコクピットのマシュー・マコノヒーとアン・ハサウェイ→回転するベースと宇宙船の遠景(惑星が背景)でBGMが流れる。
この遠景で二つの位置関係と状況が一目でわかる。
そして遠景であることで破壊の後にもかかわらず、視点がとても冷静でなものになる。
そして次にドッキングシークエンスに移るので再びBGMが始まる、という構成。
ここからは盛り上げ場なので背景で音楽がとても活躍してる。
ここが無音だと物足りない。


音楽は、映像に情感に訴える情報を乗せる効果がある。
だけれど最近の映画はそんな音楽を使い過ぎていて(特にテレビドラマはうるさい)映像の力がないから音楽を足してなんとかしようとする。

ところがインターステラーの場合、宇宙船に取り付けた固定カメラのような映像がドキュメンタリー的な映像効果を与えているので、音楽をつけ過ぎるのはそういうリアリティ的な効果を減らしエンターテイメントにしてしまう。
上のスターウォーズのデススター攻略をみればわかりますが、真空の宇宙でも構わずに勇猛果敢な音楽が流れ、発射する光線の効果音もついてる。
スターウォーズはサイエンスフィクションというよりもエンタメなサイエンスファンタジーなのでこれで正しい。

インターステラーの場合、画面が宇宙空間(真空)のときは音楽が流れない効果音がないシーンがとても多い。
無音であることで映像の力が純粋になる。
音楽は映像への味付けになるけど、味付けをしすぎると映像が陳腐になる。

終盤、マシュー・マコノヒーはアン・ハサウェイを生かすため自機を切り離す。
その後、ブラックホールの中でひたすら粉のようなものが船体にぶつかり、宇宙船から脱出装置を使い宇宙空間へ飛び出す。
揺れる船体の音、アラート→真っ暗な空間で、ただ呼吸音だけが聞こえる。
そして謎の空間に入り、ここでハンスジマーの音楽が全開に。
使い方がとても上手い。

そして止まった時に音楽も止まり、一瞬静寂が支配する。
再びここで不安が起こり音楽も始まる。
ここでは音楽とマシュー・マコノヒーの感情がリンクしてる。


この映画のキモはこの無音・自然音との使い分けと味付けとしての音楽の使い方。
そしてドキュメンタリー的な映像の工夫。
そのあたりの作りこみがとても上手いと感じる。

非常に端正ないいSF映画。

「インターステラー」オリジナル・サウンドトラック