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"向上心というのは一種の邪念なんじゃないかと"

news.livedoor.com

「ヨルタモリ」でタモリが演じる吉原さんとSMAP草なぎが話す中で出てきた向上心の話。
こういう三流ゴシップ誌レベルの煽りタイトルはあまり好きではない。


タモリが演じるこの吉原さんには、モデルがいる。



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岩手県 一関市にあるジャズ喫茶ベイシー。
ここのマスターである菅原昭二氏。
この方が、ヨルタモリの吉原さんのモデル。

向上心と邪念

SWITCH Vol.33 No.5  ジャズタモリ TAMORI MY FAVORITE THINGS

先日、雑誌SWITCHでジャズとタモリの特集を行った際、タモリがベイシーを訪れた。
ベイシーのマスター菅原氏は、早稲田大学ジャズ研でタモリの先輩だったひと。
だからタモリはプライベートでもよく訪れる。


その際、菅原氏に行ったインタビューの中に向上心とジャズに関しての話が出てきている。
以下、インタビューから一部を。

つい先日タモリがここを訪れた時に二人の話題に上がったのは、ジャズメンたちの「向上心」についてだった。
「額面通りに受け取られちゃうと困るけど、俺は向上心なんてない人の方が凄いと思ってるのね。どういうことかと言うと、たとえば今かかっているこのベン・ウェブスターもそう、デクスター・ゴードンもジョニー・ホッジスもそう。
カウント・ベイシーもね。みんな向上心なんて微塵も感じられない。
最初から最後まで凄かったとしか思えない。彼らを見ていると、努力していろいろやってやろうなんていうのはペーペーのやることなんじゃないかと思う。ジョニー・ホッジスは生で何回か観たけれど、上手く吹いてやろうなんて雰囲気は微塵もないわけよ。口の横にアルト咥えて、客席をキョロキョロ眺めながら足広げてパーッと吹いてる。でも出ている音は物凄い。
それで、この間タモリとここでデューク・エリントンを聴いてるときに『これ、向上心持ってるのはエリントン一人だけで、後のメンバーは誰一人そんなの持ってないんだぞ』って言ったら、タモリは『え、そうですか』と。
俺は生で観たことあるけれど、テナーのポール・ゴンザレスなんて酒飲んでステージで寝てるからね。それでエリントンが『ポール!』って、アップテンポのソロを何コーラスも吹かせるのよ。目が覚めるまで。それで凄い演奏をする。そういう奴らが本当のジャズな人じゃないかって思うわけ」
 あまりこういうことを言うと誤解を生みそうでまずいけど。そう苦笑いをしながら話は菅原が長年心血を注いできたオーディオへと進んでいく。
「俺の場合、オーディオで言ったら向上心というのは一種の邪念なんじゃないかと。ここまで結構長くオーディオをやってきたけど、だんだんと向上心が邪魔をしているなと思うようになってきて。今年から『向上心という名の邪念』を捨てようと試みることにした」
(中略)
「本番で『もっといい音が出るはずだ』なんて思うとどんどん墓穴を掘ることになる。とはいえいまだにどうしてもその思いを完全には捨てきれないんだけど……。あらゆる勝負と一緒で、結局は敵は己にあるんだよね。それで自分に負けてしまう。だから図々しいとまでは言わないけれど、どこかで開き直って、平気な顔して押しまくればいい。その前に、ちゃんと準備をしておけばいいんだよ」

菅原正二「回り続けるレコードと共に」

ライブドアニュースの記事にも(ヨルタモリ)あった「向上心が邪念」というワードがここにもある。


ジャズにおける邪念についてはSWITHの誌面にも登場する。
以下はタモリ、菅原二人の会話から。

次にビル・エバンスを二枚。『イージー・トウ・ラブ』と『ワルツ・フォー・デビー』を菅原はかけた。
「聞かせる相手が誰もいないところで一人で弾いている。邪念がないからいい音を聴かせている。徹底的に疲れ果てると消える。疲れるのが大事」とタモリが言うと、菅原はこう呼応する。
「忍びよってくる。くす玉が割れるのではない。音は静かに忍びよってくる」
「このビルのいい音はいい字に似ている。よく店の字を頼まれる。百枚以上書いてもいい字だと思えない。百五十枚書いてみる。疲れた時にふと一筆持つ、その字がいい」とタモリ。菅原が言う。
「考えればオーディオは邪念からはじまっている」

タモリが「ベイシー」にやってくる

この文脈があった上で、ヨルタモリの草なぎとの会話を聞くと「向上心」というワードに関しての捉え方が少し変わる。

変化

どこかにレストランがあるとする。

コックは、毎日料理を作る。
が、今日は昨日より美味しいものを出そうとはしない。
それが是ならレストランには今日より一週間後、一週間後より一カ月後に行く方が美味い。

「この店前より美味くなったなー」

という店はプロとしては三流。
自分が出せる味をいつも、それが美味い。
いつ食べに行っても、コックが二日酔いであろうが同じ味が出てくる。
再度、店を訪れる客は「美味いもの」を食いたいのではなく「あの味」を食いたい。

これより美味いものを、さらに美味いものを目指してもきりがない。
数値化できない概念には、限りがない。


向上心とは、変化、挑戦。
行きつくところまでのモチベーションとして「夢」はよく機能するが、行きつけばもはやそれは邪念にしかならない。
夢は尽きることのない欲求と同じ。

肩の力を入れずに自分の出せる今を精いっぱい出せばそれが正しかったりする。
だから「邪念」という。
以前、ジャズな人とは?という質問に対し、タモリは「博多のラーメン屋のオヤジがリズミカルにチャーシューを次々乗せるさま」というようなことを答えていたけれど、たしかに博多の屋台ラーメン屋のオヤジに向上心はない。でも美味い。


職人は何かを作る時、「上手く見せたい」という気持ちが邪念になる。
誰かに上手く見せたいという気持ちが小手先のものを作ってしまい、よいものにならないのだそうだ。

漠然としているが、そういうことは実際ある。


入っていないと思ったペットボトルを捨てようとして、持ってみたら中身が入っていて重量を感じ驚いた、とする。
では、今度はそれをそのまま再現してみるとどうか?
すると出来ない。
咄嗟の動きは、意識した途端再現できない。

何かを意識することで微細な動きや感覚は大きく変わる。

数値化

ただこれを全てに敷衍すると具合が悪い。
向上心が必要な世界も存在する。

たとえばスポーツであれば、向上心は必要になる。
数値化された時間や長さを目指すわけで、それに近づくべく向上心は必要になる。
反復練習は思考でコントロールしきれない肉体に動作を覚えさせ、少しでも記録に届くべく努力する。
学校の勉強にしろ同じく。

イチローはオリックス時代に練習が好きかと聞かれ

そりゃ、僕だって勉強や野球の練習は嫌いですよ。誰だってそうじゃないですか。
つらいし、大抵はつまらないことの繰り返し。
でも、僕は子供のころから、目標を持って努力するのが好きなんです。
だってその努力が結果として出るのはうれしいじゃないですか。

と答えている。

数値化され、明確に目指すものがあるジャンルでそれを目指すことと、明確にそれがない世界で己が勝手に夢を設定し、自分の影を自分で追いかけ続けることと。
これは異なる。

形がなく漠然としたプロのジャズの世界だからこそ「向上心は邪念」と言える。
だから菅原氏は何度もインタビューで”額面通りに受け取られちゃうと困るけど”と言ってるんだろう。

これは職人、芸事に関してのプロ論という理解にしておく方が座りがいいと思う。
興味のある方は是非SWITCH一読を。

SWITCH Vol.33 No.5  ジャズタモリ TAMORI MY FAVORITE THINGS