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ハライチのノリボケ漫才とブレイクビーツ

※試案

89式を胸に抱えたまま、大崎駅前から撃ちこんでくる銃弾を避ける。
オレたち四人は、駅前地下入り口のコンクリート壁を背に座りこみ、突撃のタイミングを待っている。
背後からは、無数の弾丸がゴリゴリとコンクリートを削る音。

「いいか!敵をここで食いとめないと戸越銀座まで一気に抜かれるぞ!」

隣で山下が鼓舞するように言うが反応は無い。
オレも無視した。
ミリヲタのテンションにはついていけない。

敵は強靭に鍛えられた職業軍人。
本当は今ごろ会社でExcel関数と戦うはずだった自分が、まさか週の真ん中にアサルトライフル抱えて今や戦線と化した大崎で戦うことになるとは思いもよらなかった。

五反田側から山手線沿いにまわりこんだ工藤の部隊が援護射撃を始めた時点で突撃開始。
要は、注意を引きつけ正面突破。
DQNでも思いつくようなシンプルな計画。
ミリタリー大好き山下以外は、悲壮な顔をしている。
プロの軍人相手に、援護があるとはいえ素人四人が正面から……死亡フラグの立ちっぷりがハンパ無い。


こういうときは楽しいことを考えよう。
現実逃避も悪くない。




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ハライチのノリボケは、興味深い。
「水曜日のダウンタウン」でもフォーマット自体が面白いと言ってた。

普通の漫才やコントは、まず”セカイ”を作りあげる。
そこにボケがズレを起こしその度にツッコミが修正を行う。
笑いはボケ(ズレ)→ツッコミ(修正)の際、正されることで笑いが発生する。


この「ズレを直すのが面白いと感じる」のはなぜか。

そんな笑いとズレに関して考えた本がある。
インディアナ大学「概念・認知研究所」の研究員であるマシュー・M. ハーレー「ヒトはなぜ笑うのか」

京極夏彦並の分厚い本なんだが、訳者の要約がある。

キレのいいネタを聞いたり絶妙な偶然の重なりがうんだ間抜けな失敗を目の当たりにしたとき、わたしたちの胸の内に――いや、腹の底に?――愉快な情動がわきおこってくる。このおかしみ、ユーモアの情動は、知識・信念に不一致を見いだしたときに生じる。この「不一致」とその条件は、きわめて限定されている [A]。不一致の発見で生じるおかしみ・ユーモアの情動は、一種の報酬だ。エネルギーたっぷりの果糖がもたらす甘さの快感が果糖を含む食べ物を探し求める動機付けになるのと同じように、ユーモアの情動は、知識・信念のバグをつきとめる作業をうながす動機付けになっている。これが、進化におけるユーモア情動の適応的なはたらきだ [B]。ヒトの知性は、こうしたさまざまな「認識的情動」(epistemic emotions) によって制御・動機付けを受けて機能している [C]。

https://sites.google.com/site/insidejokesjp/afterword

ズレ(不一致)の発見に対する報酬としての快楽→笑いという感情が発生する。
DNAレベルでセルフィッシュジーンからもたらされている。
笑いとは、遺伝子からの報酬である、と。
アシカが芸をするたび、魚をもらうようなもの。

人間は、そういったDNAにすりこまれた仕組みをインターセプトし、いいとこどりすることで娯楽を生み出す。
それはセックスにしろグルメにしろエンタメにしろ同じ。
お笑いも同じ。


ノリボケ漫才は、ブレイクビーツに似ている。

もともとブロックパーティでレコードをかけていたDJ(クール・ハーク)があるときレコードのとある部分で盛り上がると感じ、その部分だけを(レコード機を二台使い)延々繋ぐことで同じビートを繰り返し流すことを思いついた。
これがブレイクビーツの始まりであり、やがてDJ文化やサンプリングへと昇華していくわけだが、ノリボケ漫才にも同じ感覚がある。

ノリボケは、基本となる「○○な刑事」を何度も繰り返す。
繰り返すうちにズレが大きくなり「○○な刑事」→「○○な□□」に変わる。

ノリツッコミの笑いにおいて面白い部分の流れを拡大すると、

ボケる→ツッコミがボケのズレを否定しない→拡大する→ツッコミ修正する

この中で一番笑いが極大化する、気持ちいい部分は

拡大する→ツッコミ修正する

このツッコミがボケにノることでズレを拡大し、それを修正する直前の「→」部分。

ツッコミによるズレの敷衍と同ボケの拡大と繰り返し(なまり)が特殊性。
ツッコミ(修正)に見せながら、実はボケる(ズレ)。
だからノリボケ。


普通の漫才のように、舞台上にセカイを構築する必要はなく、お笑いの中で一番気持ちのいい部分だけを切り出しサンプリングのように繋ぎ合せたノリボケ漫才。
ツッコミ寸前の一番いい部分をリピートし、明確なボケもツッコミ不在という不安定な状態が延々と続くさまは、まさにブレイクビーツのように「腰を振りイク直前の気持ち良さが繰り返される快楽」とも言


そのとき、線路を五反田から最高速で爆走するE235系の姿が見えた。
工藤たちは、運転席、窓からも銃を突き出し、大崎の敵バリケードめがけ銃弾を叩きこんでいる。

いよいよ突撃だ。
89式を抱え直し突撃のタイミングを待つ。

いったいどうしてこんなことになったんだろう。

どこでどう歪めばこんな記事になるのか。
こんな記事ではてブされるとは思えない。

お笑いの考察と短編小説の融合は、幾らはてなだって斬新過ぎるだろ……。
「この記事、スベってるぜ」
ニヤリと嗤って言うヨークシャーテリアの顔が思い浮かんだ。

89式を握る手が、汗で滑った。
雨のような敵の銃弾が、車両に向けられるのがわかる。
ズタズタになりながらも爆走をやめないE235系。

心臓がブレイクビーツを刻み始める。


……って、なんでやねん(凍てつく波動)。

ヒトはなぜ笑うのか

注 ※記事がおかしいのは、昨夜の落雷で目が覚めたせいであまり寝てないからです