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【企画】“炎上"本 試し読み

最近はKDP(Amazon の Kindle ダイレクト・パブリッシング)で個人出版の敷居がずいぶん下がった。
とはいえ本を出すひとはまだまだ少ないし、個人出版からの例も数えるほど。

今回は「こんな本を書いたら誰か買うか?」という試し記事。
テーマは“炎上”
どこかに完成原稿があるわけじゃないので、ざっくりイメージ。
(過去何度か書いてるんで、あぁ、またアレかよと思うひともいるでしょうが)




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序章

「何でもかんでもすぐ炎上。これじゃあ言いたいことも言えない」

そんなポイズンなことを言うひとがいるけれど、それは違う。

本当に言いたいことを言えない世の中なら「言いたいことを言えない」という考えすら言えない。

言えないのではない。
今は「言いたいことを書くとそれが広がり、反応が返る可能性が高いネットの世界」なだけ。

ツイッターであれ2chの掲示板であれ
「書いたものは誰でも見ることができる」
という事実をついつい忘れてしまう。
誰かにメールを送るのとは違うのに。

アカウントに鍵を掛けていなければ誰にでもツイートは読める。
知っているひと、普段から交流のあるひとを相手についつい極端なことを言ってしまう。
そして、それを見かけたひとがつい広める。
不用意なツイートは広がり、不快に思うひとのところに届き”炎上”を引き起こす……。
そんな例は枚挙にいとまがない。

知り合いや知人、友人、家族に向けて話す(言う)こととネットに書き込む(ツイートする)ことはまったく違う行為。
言うことと書くこととの差を捉え、正しい距離を保てば“炎上”は避けられる。

しかし“炎上”とはいったい何だろう?
原因はなにか?
どういう経過を辿るのか?
燃えている側は、どんな心境か?
“炎上”のあとは、どうなるのか?

まずは過去の具体的な例を見ながら“炎上”に至る経緯を見ていこう。

目次

序章

第一章 【可燃性のひと】炎上の歴史【祭りだワッショイ】 
第二章 炎上のしくみ そのための10のテクニック大公開
第三章 【社畜】釣りと炎上【家畜】
第四章 自称“炎上”の功罪

(中略)

第四章 自称“炎上”の功罪

原因はどこに?

「炎上したわ―。でも、他人の誹謗中傷とかどーでもいいし。あいつらみんなバカだから全然気にしてないけどwww」
炎上のあと、そういうことをつぶやくブログの管理人をよく見かける。

しかし“炎上”の多くで読者から管理人へ投げかけられる言葉は誹謗中傷より、ブログを読んでの批判であることの方が圧倒的に多い。


ブログは何の失敗もしていない。
誤解を生む表現もしてない、書かれていることも主張も正しい、なのに燃えている。

こんな“炎上”はまず見かけない。
多くは読み手を煽る(挑発する)書き方や、ニセ情報やデマ、表現が過激だったり、主張がおかしいなどさまざまあるが、それなりに原因は存在している。

燃えるには燃えるなりの理由がある。
「今日、庭のアジサイが咲きました」
と書いて
「アジサイ咲くくらいデカイ庭がある家に住んでるアピールで貧乏人をバカにしてんのか!!」
などと言われるなら、さすがに言いがかりだが*1

自称“炎上”の理由

なかには大して炎上もしていない(少し批判的なコメントがひとつふたつある程度)にもかかわらず「昨日は炎上しましたが~」などと書く“自称炎上”を主張するひともいる。
これはなぜだろう?

“炎上”という言葉には「大勢で1人を言葉を使い袋叩きにする」ようなイメージがある。

“炎上”
→自分:独り、正しい
→読者:集団、悪い

自分の書いたことが“炎上”ということにして自分の正しさを保証しているのだろう。

数人でも批判をされた、でも自分は悪くない。
“炎上”した、“炎上”させるのはろくでも無い連中。
だからあいつらが間違っている、と。


……という“炎上”本をKindle辺りで出したら誰か買うかしら。
はてなーにイラスト描いてもらったり、炎上ヲチャー鼎談とか、センセーにお茶をお出しして推薦文をもらえばどうだろうか。

何人かで書くのも面白いかもしれないねぇ。
ブログ本だって、ポジティブなイマドキのブロガーじゃなく、テクスト文化時代からドップリなそこそこ名の知れた数人のディープワンズで書けばネット裏面史的なモノもできそうな……久谷女子本よりも濃いのが。

(以下、反応があれば続く)

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書)

*1:繊細チンピラ案件