読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

歳をとると時代劇と演歌が好きになるのには理由がある

隠密同心 大江戸捜査網 [DVD]

kyouki.hatenablog.com
ICHIROYAさんの記事を読んでいて思ったのだけれど、歳をとると演歌や時代劇を観るようになる。
あるいは刑事モノ。
10~20代はロックやポップスを聴き、恋愛ドラマ。
加齢による趣味の変化は、情報量と速度にある。


ウチは、親戚の高齢者と住んでいたので小学生なのに時代劇を観ていた。
小学生に、チャンネル権はない。

観るのは必殺仕事人、大江戸捜査網、影の軍団、柳生一族の陰謀、大岡越前、遠山の金さん、銭形平次、水戸黄門、木枯らし紋次郎、子連れ狼、暴れん坊将軍、眠狂四郎、あばれ八州御用旅、暁に斬る!、右門捕物帖などなど。
しかし小学生にも時代劇はわかりやすくできていた。




【スポンサーリンク】




勧善懲悪

時代劇は非常にわかりやすい。

悪党は悪いし正義は正しい。
悪代官の川合 伸旺、田口計。
「お願いします先生」と呼ばれて出てくる達人 内田勝正。
悪い公家なら成田三樹夫に菅貫太郎。
f:id:paradisecircus69:20140226104241j:plain
(菅貫太郎は「 画像も貼らずにスレ立てとな!?」麻呂さまAAの元ネタとしても有名)


そして庶民はいつも悪党に虐げられ、この抑圧が物語の大半を形成する。
視聴者は庶民に感情移入しヒーローの登場を待つ。

物語終盤、般若の面を被った桃太郎侍が悪の館に不法侵入。

ひとつ、ひとの世の生き血をすすり、
ふたつ不埒な悪行三昧、
みっつ醜い浮世の鬼を退治てくれよう桃太郎

高橋英樹が決め台詞を言ってるうちに、中庭で悪党に囲まれるが、逆につぎつぎ悪党を斬り殺すことで視聴者はカタルシスを得られる。
勧善懲悪。
この同じパターンが毎回続く。

これ、構造としては「アンパンマン」や戦隊ヒーローと変わらない。
幼稚園のバスを乗っ取った怪人をヒーローが必殺技で倒すのと、
悪の商人が金と暴力で若い娘の人生をボロボロにし、眠狂四郎が円月殺法で倒すのと。

見栄

隠密同心。それは時の老中・松平定信の命により、無役の旗本・内藤勘解由が悪の砦に向けて密かに放った、過酷非情の男たちだ。
変装、囮、様々な手段を使い、彼らは身を挺して犯罪者及びその組織に挑戦する。
相手を殺すのは自由だが、我が命を失っても省みる者はない。
これは生と死のデッドラインを突っ走るアンタッチャブル。彼らに明日は無い

ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃらちゃちゃちゃちゃちゃ~♪

時代劇に必要なのは、決め台詞と決め技。
これは、歌舞伎の「けれんみ」や「見栄」にルーツがあるように感じる。

水戸黄門一行が悪のところへ行く。
そして悪代官などを問い詰めるとキレて襲ってくる。
「えぇい!出あぇい!出あぇい!」
権力者がよくわからないジジイに説教されて納得するわけがない。
二束三文で雇われた浪人やヤクザものがボディーガードとして出てくる。
「助さん角さん、やっておしまいなさい」
東野英治郎が言うと杉良太郎と横内正が悪党と戦闘開始。
二束三文のボディーガードは、助さん角さんに一太刀浴びせることもなく次々殺される。
乱戦の中、横内正が
「えぇい、頭が高い!!この紋所が目に入らぬか!」
ジャーン!、と謎のSE、印籠ドーン!。
「ここにあわすお方をどなたと心得る。畏れ多くも先の副将軍、水戸光圀公であらせられるぞ」
ぶわわ~ぶわわ~ぶわわ~。
平伏する一同。

いやいや、最初から印籠出しとけば人死になしで解決だから。
でもこの印籠をかざし、その威光で全員を平伏させるというここが「見栄」でありここでカタルシスが得られる。
歌舞伎なら「よ!待ってました!」と掛け声が入るところ。

最初から印籠出すと、物語的には終息するがアクションがない。
なので権威をかざさず乱戦を起こしてから権威の力でねじ伏せる。
理不尽であれ劇作品の構成としては正しい。

正義と暴力

ほとんどの時代劇は、権威側。
必殺(殺し屋)や子連れ狼(元公儀介錯人)は違いますが。
必殺は金をもらって人を殺すのに、依頼が「身内を殺された家族」など視聴者が感情移入できる理由のある復讐として依頼がある→だから仕事人に正義があるという図式。

仕事人はバットマンと同じ私刑を行うダークヒーローなんですね。


身分を隠す権威側に属する主人公らが、政府に隠れて行われる悪を暴力で解決する。
これが時代劇の基本構造になる。
いわゆる殺陣により「暴力で解決する」んですが、刑事モノみたいに犯人を逮捕して刑務所に~よりも直接的で明確に斬り殺すことで視聴者のカタルシスは大きい。

正義は、権威であれば暴力を行ってはダメなんですよ。
なので水戸黄門が印籠を出すのは暴れたあと。

権威は社会システムですから法に乗っ取らなきゃならない。

遠山の金さんが身分を隠してるときは解決手段は暴力(殺陣)。
しかしお白州(法廷)の場で江戸町奉行として登場するときには法に則り悪を糾弾するという二重構造になってる。


この時代劇の明確な解りやすさ、そしてけれんみとカタルシス。
これこそが魅力であり、加齢により多くの情報量を処理する能力が落ちるとき時代劇のシンプルさは受け入れられる。
演歌もそうですよね。

演歌の「滋味」

www.youtube.com

何回聴いても石川さゆりの「天城越え」は素晴らしい。

同じ曲をこれだけ繰り返すと飽きて歌い方を変えたくなるものですが(上田正樹の「悲しい色やね」なんてアレンジしすぎ)、石川さゆりはひたすら職人のごとく一曲を突き詰めてる。
同じ曲、テンポも速くない。
演奏もシンプル。
しかし言語外、音の外にある情感という情報量は増えてる。
この情感はいわば「味わい」「滋味」
加齢で認知の処理速度が落ちても、経験則がある分味わいは増す。

滋味というのは言語外の感覚的なものですから、リズムやテンポで聴く音楽と違い飽きが来づらい。
だからこそ何度も聴ける。
情報量が多い曲は、その多すぎる情報量が故に何度も聴くと飽きてしまう。


若いころは早いテンポや情報量の多いコンテンツを好む。
しかし加齢によって情報量が少なくシンプルで明確な構造の物語を好むようになる。
見栄、暴力による明確なカタルシス、勧善懲悪、二項対立、滋味。


今や時代劇は風前のともしび。
高齢者向けには、代わって刑事ドラマが主流になってる。

でも自分らが歳をとってそれなりにぢぢいになった未来に時代劇はない。

そのとき何を観ればいいのだろうなぁ。
CSの時代劇専門チャンネルでアーカイヴを繰り返し観るしかないか……。
もうテレビというメディア自体がアレかもしれないけど。

子連れ狼 1