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今ジャズドラマーの超絶技巧

My Life Starts Now[日本語解説付]

www.mimikin.net
こちらを読んでおりましたところ思い出しまして。
紹介されてるのはいいドラマーなんすけど、でもマーク・ジュリアナを……

でもずっと聴いているといつの間にか機械にピッタリと合ったドラム音に引き込まれていたりするわけで・・・・
いつの間にやら太鼓バンザイって思うわけです。(なんじゃそりゃ・・・)

で、打ち込みの音楽にも関わらず、ドラムが素晴らしいユニットって意外といます。

それこそマーク・ジュリアナ。

ということで今ジャズ界で熱い技巧のドラマーを数人是非知っていただければ、という趣向。




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何を書くより、このドラムを観れば納得していただけるかと。

すばらしい変態的超絶技巧。
寄生生物がそれぞれの手足を別途に動かしてる(筈)。

有名な方でしてボウイの曲にも参加してる。


そしてリチャード・スペイヴンもまさに打ち込みレベルのことを手動でやってのける人間ドラムンベース。

このリチャード・スペーヴンも含めまして、まあまあまあ・・・コーレンバーグ、ギルモア、クリス・デイヴといったあたりがかならず言われるのは、『HIPHOPを経由したドラムパターンだ』って。そこまでで話が終わっちゃうんですね。評論家の先生方、視界が狭いので。かならずそこで話が終わっちゃうんですけど。もっと簡単にわかりやすく言うと、実はグラスパー以降の今ジャズっていうのはドラムンベースの第二次だと思います。私。

第二次ドラムンベース。結局、上モノがないんですね。リチャード・スペイヴン、満を持して発表しました『Whole Other』ですけども、全9曲中、ベースすら入っている曲、ほとんどないっていう。ベースが入っている曲は3曲だけだっていうね。ドラムと上モノのふわーっとしたのだけで、ドラムのパターンを聞かせるという意味において、実は人力ドラムンベースの系譜にあるという指摘はあまりされておりません。

菊地成孔が語る 『今ジャズは第二次ドラムンベース』

「セッション」で町田氏と戦った菊地氏が言うところの今ジャズ(グラスパー以降)におけるドラマーによる手動ドラムンベース。
異なるリズムの複数レイヤー同時に重ねてポリリズムをやってのける。
ジャズとラップは祖父と孫。
打ち込み~ドラムンベースと近づくのは必然というか。

ピアノで右手と左手が別々の~なんてもんじゃあない。
バスやスネア、トムの刻むリズムが違う。
この微妙なズレ、訛りが気持ちいいのが今のジャズの新しい流れ。
このような技巧を誇る多くのドラマーが今のシーンを引っ張ってる。


あとマーカス・ギルモア。

こちらのマーカス・ギルモアに関しては、ジャズピアニストの田窪寛之という方が一緒にセッションをしたときのことをこう書いてる。

リズムの質が違う、音楽の言語が違う。滅茶苦茶シビアなパルスで、必死に食らいつかなきゃいけないのに、ニュルニュルとユルく大きく流れて、手がかりが無い、と言った感じ。

霧を相手にセッションしてるような、そんな感じでした。

ドラムのソロに関しては、全くわかりませんでした。情けない事ですが、異常なほどわかりませんでした。

ミュージシャンじゃない人にこの異常さを伝えるのは難しいですが、

例えて言うなら、僕達は10秒を数えるのに、順番に「1,2,3,4」と、ひとつずつ数えますが

一息で「いち......じゅう。」と、(頭の中ですらも数えないで)10秒の長さを超シビアにイメージできる技術を要求されるというか。

そして、さらに言うと、僕らは10秒を数える時の手がかりは、1秒ずつという目盛りが決まってますが、

「いち、2.7、4.9、5.3、5.6、7.4......じゅう! 」

みたいに数えられたら、10にタイミングなんて合わせられるわけ無いじゃないですか(笑)!
終始そんな感じでボコボコにやられました。

http://hirotakubo.exblog.jp/11103647/

ロバート・グラスパーをきっかけに考える、“今ジャズ”の構造分析と批評(への批評)とディスクガイド(仮ロバート・グラスパーをきっかけに考える、“今ジャズ”の構造分析と批評(への批評)とディスクガイド(仮
原 雅明,村井 康司,菊地 成孔

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