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EDO SIGUSA ~江戸っ子狩り~(仮)

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江戸開城の時、「江戸講」のネットワークを恐れた新政府軍が江戸しぐさの伝承を失わせ、江戸しぐさの伝承者である江戸っ子たちを虐殺した。
その虐殺たるや凄まじいもので、ソンミ村虐殺、ウンデット・ニーの虐殺に匹敵するほどの血が流れたと越川禮子は述べている。
また、この時に江戸商人は江戸しぐさについて書かれた古文書も全て焼却し、江戸の空を焦がしたという。勝海舟は生き残った江戸っ子数万を両国から武蔵、上総などに逃がし、彼らは「隠れ江戸っ子」として潜伏した。池田整治は、江戸しぐさ伝承者は、老若男女にかかわらず、わかった時点で新政府軍の武士たちに斬り殺され、維新以降もこの殺戮は続いたと述べている。

江戸しぐさ - Wikipedia

ごうごうと燃え盛る家。

その傍、黒い傘を被り抜き身の刀を構えた巨大な体躯の漢と、こちらも同様の刀を持った少年が相対している。
少年の顔には、まだ幼さが残る
パチパチと木のはぜる音。
強烈な熱気が二人をあぶるが、微動だにしない。
張り詰めた空気がその場を支配している。



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男が口を歪める。
嗤ったらしかった。
「きさまら江戸っ子は一人も逃すなとの命令だ」
漢の体躯に相応しい胴間声。

少年は、少し眉間にシワを浮かべ言う。
「ふざけるな!オレたちが何をしたってんだ?!」

その傍で家がひときわ大きく崩れおちる。
梁か何かが燃え崩れたらしい。
火の粉が大きく闇夜に舞う。

「お兄ちゃん!」
その様子を横で見ている少女が叫んだ。
「離れてろ!」
漢から目を離さず少年が言う。
こめかみを汗が伝う。
少しでも目を離せば漢の手に持つ刃が襲いかかってくるのがわかる。
気の圧力に押され漢の巨躯がさらに大きく見える。
「くっ……べらんめぇ」
少年は下唇を噛んだ。

「じゃっ!!!!!」
次の瞬間、漢が一気に踏み込んだ。
踏み込みが少年の想像を超えて大きい。
漢は、黒い影と化し間合いを一瞬で詰めた。
同時に振りかぶった刃がごうっと風を巻き込み、全体重を乗せた一撃がすさまじい勢いで少年の脳天目がけ真正面から振り下ろされる。
少年は、咄嗟に手にした刀で漢の一撃を受けた……技術ではなく僥倖でしかなかったが。
それほどに二人の技量差は歴然であった。

ぎいんっ!と音を立て刃を受け止めるが、体重の乗った漢の一撃は少年の腕だけで止めるには重すぎた。“こぶし腰浮かせ”で鍛えられた足腰と腕力でかろうじて少年は踏みとどまる。
構わず漢は、刃を押し込む。
「ぐうっ」
「ふふ、無駄なあがきを……」
漢がまた嗤った、

が、次の瞬間表情を歪めその口から血を吐き出した。
「な、なにが?!」
見ると先ほど斬り殺したはずの兄妹の母が、燃え盛る傘を漢の背中に突き立てている。
深々と刺さった傘の先は、漢の背から腹へと抜けている。
あの傘は……少年の脳裏に“傘かしげ”で道を譲りあった思い出が一瞬蘇る。

近所のおかみさん、大工の鉄っあん、御隠居さん、オヤジ……。
江戸しぐさで楽しく笑いあった、みんな死んでしまった。

母の身体は傘の炎に焼けるが、最後の力を振り絞りそのまま構わずに押しこむ。
「逃げてっ!!」

がはぁっ、と漢は怒りに叫び
「この死にぞこないがぁっ!!」
ぶうん、と一刀を真横に振るう。
その先には母の首。
刃にかかる直前、笑顔が少年の目に映る。

飛び、転がる母の首。
それを見てひきつる少女。

「あああああああああっ!!!!」
少年は叫び、漢の猪首から胸までを一気に袈裟懸けに斬りおろした。その小さな体からは想像もできない力が湧き上がっていた。
江戸しぐさでは禁忌の純粋な怒りが、少年を突き動かす。

しかし母の首を刎ねた漢の刀も、また同時に少年の胸を貫いた。
ゆっくりと倒れる巨大な体躯。
そして少年も膝をつく。
駆け寄る妹。

膝の上で抱きかかえる。
「お兄ちゃん!!!!」
兄の胸を貫いた一撃は深く、助かる見込みはない。とめどなく溢れる血を止める術を妹は持たなかった。
「……いくんだ……お前だけでも……江戸しぐさを……残さなきゃ」
「でも、兄ちゃん……」
「こら、“逆らいしぐさ”はダメじゃないか」
兄は力なく笑った。
「……」

妹の膝の上で息絶える兄。
涙が頬を濡らす。

「……遅かったか」

少女が振り返ると、そこには肌の色が黒い初老の男が立っていた。
名を勝 海舟という。
目には疲労の色が濃い。
従えた仲間の多くも力なく、戦いの激しさを物語っていた。

「早く江戸を離れるんじゃ」

その視線の先。
江戸の空は赤々と燃えている。
その下では、薩長の手により江戸しぐさが抹消されつつあった。





「……そしてね、女の子はそのあとも生き残ったの」
揺り椅子に腰かけた老婆。
その前には、少年と少女がいる。

「それでそれで?どうなったの?」
少女が老婆に聞く。老婆は優しく微笑み
「女の子は一生懸命みんなに江戸しぐさを伝えたの。だから、現代にも伝わってるのよ」

「そっか―、すごいんだね江戸しぐさは」
二人の眼が爛々と輝く。


※「EDO SIGUSA ~江戸っ子狩り~(仮)」最終話より


江戸しぐさの胡散臭さもすごいが「江戸っ子狩り」の偽史感もハンパない。

togetter.com

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江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 (星海社新書)