誰でもかんたんに書ける読書感想文の捉えかた

昔は、読書感想文が嫌いだった。
読書は好きだが、押し付けられた本を読むのは好きじゃない。
だから文庫の後ろに書かれたあらすじだけを読み、想像で読書感想文を書いて褒められた。

成長してから自主的に本を読んで感想をネットに晒す未来が来るとは思ってもなかった。


ここで簡単にできる読書感想文の書き方を考えてみたい。
「文庫本の後ろを見て感想文を書く方法」ではないのでご注意を。
※以下、単なる我流です




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感想文の書き方記事は多いが、どれを読んでもしっくりとこない。
記事を書いてるひとの認識が
「読書感想文とは読書して書けばいい」
としか思っていないからだと思われる。

読書感想文は

読書(READ)
感想(THINK)
文 (WRIGHT)

この三段階に別けることができる。
インプットし、処理し、アウトプットする。
これらをひとつとして扱うから理解がむずかしい。

以下、ひとつひとつ考えてみよう。

読書 READ

まず読書(インプット)。

読むとき「自分の視点をどこに置くか?」を意識する。

通常の読書の場合、登場人物への感情移入が多い。
「物語内」に視点を置く。
登場人物の感情の機微を追体験し物語を楽しめる。

しかしこの視点で読むと全体の構造が見えない。
「自分のこと」に置きかえ読むので客観的に劣る。

客観性が必要な場合「物語外」に視点を置く必要がある。
物語を俯瞰する。
登場人物を役割で考える。
ディテールを削り、存在の役割だけを考える。
事件、事象が存在する意味を考える。


以下「走れメロス」を例に具体的に考えてみよう。

青空文庫:太宰治 走れメロス
【あらすじ】
羊飼いの青年メロスは暴君ディオニス王に捕えられ処刑されることに。
しかし妹の結婚式に出るため親友セリヌンティウスを人質にし、メロスは王から三日の猶予をもらう。
メロスは走り、妹の結婚式に駆けつけ、全裸で処刑場へ戻る。
処刑を恐れメロスが戻ってこないと思っていたディオニス王は二人の友情を見て改心。
全裸のメロスは照れてテヘペロだった……。


メロスが王の暗殺に行った時点で友情云々以前に極刑だろ、とかツッコミどころはあるが

メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、メロスの懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1567_14913.html

買い物ついでに暗殺って、官邸にドローン飛ばすくらいの杜撰な計画ぇ……それ以前に買い物帰りに暗殺に入れる警備体制っていったい。

それはともかく、
メロスが簡単に捕まったのは、そこに主眼がないからだろう。
省略し刑場から始めても物語は成立する。
必要のない部分は削り、要点のみで概要を伝える。

メロスが走る、そして友人を救うために戻るところに主題がある。
だから走るところの分量が多くディテールが細かい。
メロスの苦悩に関しての書き込みが多い、重い。
・情報量が多い→感情移入しやすい
ディテールの多寡を意識して読めば、作者の意図がどこにあるかもわかる。

感想 THINK

新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫)

では読んだものを整理する。
インプットを整理したうえアウトプットできるようにする。
登場人物は以下。

メロス:主人公、義に熱い直情型DQN、家族友情マジリスペクト
ディオニス王:殺しまくりの暴虐王、オレさまマジリスペクト
セリヌンティウス:直情型DQNの代わりになる奇特なDQN仲間
妹:兄に似ず幸せに結婚した一生一緒にいてくれやライフ・タイム・リスペクト

物語におけるそれぞれの役割は

妹:メロスの動機
セリヌンティウス:信用の象徴、メロスと二人で友情と信頼の関係性
ディオニス王:人間不信の象徴

こうなってる。

仮に妹がいなければメロスが帰る動機がなくなる。
セリヌンティウスがいなければメロスが処刑に戻る意味もない。
王の心理変化も

メロスは帰らねーって。友を裏切るだろwww?

な、なにっ?!死にに戻るだと?!マジかよ!!

お前らマジリスペクト、改心したぜちぇけらっ

この展開を迎えるために、友人の存在が必須。
それぞれのキャラには存在する理由がそれぞれにある。

この物語の主題が
DQNの友情マジリスペクト
だとわかる。
人間の関係性により描かれる物語の背景から主題が浮かぶ。

ではアウトプットの際にどのように書くのか?

文 WRITE


ライフタイムリスペクト 三木道三 - YouTube

アウトプット。
書きだすときにはまず全体の構造を考える。

それには自分をまずどこに置くか?というのが重要。

たとえば自分をメロスに置けば
・自分の命以上に価値があるのは何?
・友情を守る価値とは?
・家族や友人をどこまで信じられるのか?

王さまに置けば
・人を信用しない自分もこの王さまのようにいろいろな人を傷つけているかもしれない

セリヌンティウスなら
・誰かを信じ自分の命をかけるほどの友情があるだろうか?

といったところ。
それぞれの視点でどこから物語を語るかによって方向が異なる。
・各キャラクターの位置から書く
・物語の趣旨を読みそれぞれの動きを俯瞰し書く

が考えられる。

小中学生の読書感想文であれば定型は

・主人公になったつもりで自分に置き換え
・自分ならどうした?
・作品の主題はなにか?
・何を学んだか?

といった程度の読解を求められる。
特に最後の「何を学んだか?」が重要。
仮に走れメロスなら友情の大切さ、人を信じる気持ちなどを挙げておけば固い。

さらに上の年齢になれば主題が入り組んだ作品や漠然とした主題を読み説かなければならない作品を読むといい。
インプットを的確に行い、整理さえできればアウトプット自体はさほど難しくない。
文章は技術による。
技術は向上する。

読解し、整理するのは技術ではない。
だから難しい。

最後に 感想文と書評の差

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ここからは感想文から書評へと少しだけ広げてみる。

ブログで公開するのなら他作品や考察などの読み込みも増える。
書評であれば文章の軽重(ディテール、リソースの配分)や冗長性のコントロールも意識する。
漢字の開き、話題の順序(基本は、大→小)、意図的な抜き。
どの程度まで書きこむかはそれぞれによる。
言葉づかいも
・好きじゃない
・好きではない
・好きじゃあない
・好きくない
・好ましくない
・好みじゃない
・好きかどうかと言われると……微妙
・どちらかといえば嫌いだ

どういう言葉を使うかそれぞれだが、言葉の選択が無数に連なり記事は完成する。
果たして、どの程度記事の言葉をコントロールできているのか。
自覚的に考えてみるのも面白いかもしれない。


ちなみに書評は物語外に視点を置き、物語を評するから「書評」と呼ぶ。
感想文と五十歩百歩の自称「書評」は視点の意識すらできていない。

読みました。面白かったです。感動しました。
それは感想文だ。

多いですよねぇ、そーいうのってば。

これが冗長。
「ぇ」「ー」「ってば」などが入ることで口語に近づき、くだけた印象になる。
しかし無駄な語が増える。

すべてが冗長では、軽く安っぽい文章になる。
代わりに読みやすい。
冗長性がないと、固く重い文章になる。
代わりに読みづらい。
だからこそ冗長性には一定のコントロールが必要になる。


メロスのように ~LONELY WAY~ - YouTube