読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

バカっこいい動画の感情と乖離

テレビ

d.hatena.ne.jp

WASTE OF POPS 80s−90sのO.D.A.氏は動画を見比べて格を想ったらしいんだけれど、個人的には演出の差を強く感じる。

この動画のキモは
「難しいことをサラッとやってみせる」
その落差が格好いいになる。

リアクションは、人間的な感情の発露、反射行為。
それを見せないことによってクールな、格好いい印象が強まる。

映画で見かける「背後で爆発してるけど振り返らない」演出は、爆発に対するリアクションを抑圧することでクールを装う。
感情の発露は俗であり、クールではない。

出川哲朗は、だからクールじゃない。
クールは、笑えない。



【スポンサーリンク】





RUNWAY


Keyser Soze (The Story) - YouTube

映画「ユージュアルサスペクツ」
キントは伝説の悪党カイザーソゼについて語る。
カイザーソゼは、敵対する組織が人質にとった自分の家族ごと殺す。
後日、復讐として敵対組織の全員、親類縁者、友人関係者含め全員殺した。

カイザーソゼのシルエットは火をつけ振り返らず歩き去る。
これが熱そうにしてたり、振り返ったりしたらクールじゃなくなる。

感情の抑制がクールなのは、ファッションショーのランウェイと同じ理屈。
音楽とモデルが乖離する(音と視覚的動き)ズレで俗っぽさ(日常)から距離ができる。


Saint Laurent. Paris Fashion Week. Otoño/ Invierno ...

背後で流れる曲のリズムと歩くリズムが一致していない。
このズレが「クール」を生んでいる。

COOL OR PASSION

話を冒頭のムービーに戻す。
橋本環奈のムービーでは感情を抑制することで行為との間に乖離があり、クールさを生む。

しかし山本彩のムービーでは、感情の抑制を行わない。
ピンポン玉を入れる画面に入った他の一人が次に入れる役になり、順番に成功させる。
そして最初のカットと最後のカットで山本彩が登場し、決めて終わる。

庶民的イメージのカップヌードルとしてはクールさだけに徹するわけにもいかない。
ダンスを挟んだり、最後にみんなで大喜びするシーンを挟む。
曲もアップテンポでエモっぽいものを使う。
CM全体としてはバカっこいい動画(クール)とCM商品(元気)のイメージが繋がっていないようにも思えるし、シーンごとの整合性にズレがあるのでバランスがよくないのは否めない(コンセプトありきなんでしょうが)。

一方タケダのCMは、最初から最後まで黄色いピンポン玉が商品イメージに結びつく構成。
背後にかかるシンプルな曲の雰囲気もミニマル、クールさを強調。
しかし一つ一つ大喜びしてみせるのはクールさを出せず、だからと言って商品的に親しみのある感覚もない。
演出として整合性は今ひとつに思える。
(意図としては"成功→元気が出る→大喜びする"なのかもしれないが)
山本彩を全体に使用していないあたり(橋本環奈は幾つも挑戦)O.D.A.氏の言うところの格なのかもしれないが(CM全体に出演する橋本環奈と一部にしか出ない山本彩の知名度の差)。

タレントは置いといて。
どちらがCMのコンセプトとして成立しているかといえばタケダだろう。
が、CMイメージで成功しているのはカップヌードルの方ではないのかなと思う。

高校生の動画にしろ一つ一つ大喜びしてれば少し冷めるし格好よくない(だからガッツポーズはしない方がいい)。
それは格好いい動画ではなく、頑張った動画。

格好いい、クールは、努力や感情と乖離している。
そんなことを考えた。