マンガと社会倫理的な正しさ

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正しさってのは一面的には正しくてもそれを無暗やたらと使えば正しくないことになる。
正しさなのか、幸せなのか。
法か規定か感情か。

※“ポリティカルコネクトレス”では、言葉の原義として違う部分もあるのでタイトルも含め“社会・倫理的に正しい表現”と一部置き換えました。「差別偏見を助長するような表現をさせろ」ということではありませんのでご注意を




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フィクションと記号

topisyu.hatenablog.com
トピシュさんのこの記事でワンピース内の喫煙シーンを挙げてる。

ダンディな男性が生まれたばかりの自分の子どもの前でタバコを吸っています。この後、この乳児はある日突然高熱を出して死にます。本記事では、これを読んでいて、思ったことを徒然に書きます。


ONE PIECEのとある喫煙描写とSIDS(乳幼児突然死症候群) - 斗比主閲子の姑日記

 

ただ、母親であるキャラクター曰くは、この乳児は突然高熱を出して死亡したということですから、睡眠時でもないし、SIDSを意識して描写されたものではなさそうなんですけどね。SIDSの場合は、重ね着などで乳児の身体が高温状態にあることが一因ではないかという話もあります。 また、自分の子どもが死んで、このキャラクターが喫煙を止めたというのも、喫煙による乳児の死に影響があったという描かれ方ではありません。諸事情により自分の子どもが死ぬ前のような恰好をするために、おしゃぶりやキャンディを口に加えているということからタバコを口に加えていない。ONE PIECEの世界での喫煙描写は時々議論になりますけど、特に喫煙が健康に悪影響があるという話は描かれていませんし。


ONE PIECEのとある喫煙描写とSIDS(乳幼児突然死症候群) - 斗比主閲子の姑日記

マンガにおけるさまざまなディテールは記号。


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たとえばこの顔にしろ目も現実の人間の顔はこんな風ではない。
そもそも現実にこんないきものは存在しない。

AAや顔文字はとても記号的。
人間は、このような記号の集積を「顔」と認識するようにできてる。

マンガも、物理現実を落とし込んだものではない記号の集積。
だからスネオやカイジなど二次元的な造形は現実世界で再現するとおかしな再現にならざるを得ない。

物語世界内での表現においても同じことがいえる。
物理法則は通じない。
現実にありえないことが幾らでも起きる。
アラレちゃんは、パンチで地球を割ることができる。

人間の認識は自身の経験則に基づき判断を行うので、現実世界と照らし合わせる。
しかしマンガは記号的表現なので現実とすり合わせれば合わないことが多い。

水曜日のダウンタウンで検証をやっていたが
「裸を見ると鼻血が出るか?」
「延髄チョップすると気絶させられるのか?」
など実際には難しいことでもマンガ世界では「そういうこと」になっている。
当然だが、現実世界とは異なる。
フィクションは現実と一致していなければならない、などということはない。
これも記号的と言える。


以前にウチのブログで悟空が殺しまくっているし暴力的だ、と書いたら
「孫悟空は地球を守るために戦っているのに暴力とか殺害行為とか表現がひどい」
と言われたことがある。
この場合、ウチの表現が現実にすり合わせしポジショニングした視点での表現を行ったら、マンガ的なポジションからの認識を出されたということ(わかった上で書いてるんだがねぇ……)。

ポリティカルコネクトレス

もともとフィクションは、現実世界で悪いとされることを行える。

たとえば殺人。

現実では人一人殺すのも大変だし罪も重い。
が、映画やドラマでは正義の名のもとに殺しまくる。

西武警察なんて団長がショットガン片手に悪党を追いこんでた。
映画「KICK ASS」でも未成年のヒットガールは父親の名に従い悪党を躊躇なく誅する。
ミステリー小説では、捜査権を持たない素人の探偵が情報漏らしまくりの刑事の補助で謎を暴く。

ポリティカル・コレクトネス(及び社会的に“正しい”表現)を適用するなら日本において刑事がショットガンを持ち歩くなんてありえない。
「KICKASS」はお蔵入り。
ミステリーでは刑事が主人公で探偵は捜査権を持たない。

実写だとかマンガだとか関係なくフィクションはどれも記号。
だから許されてる部分がある。


以前、千原ジュニアがOV監督という番組で“表現的正しさ”を皮肉る短編ドラマを作ってた。

ある男が帰ろうとすると横断歩道の向こうに娘が迎えに来た。
手を振る男。すると娘が道路に飛び出し轢かれてしまう。
慌てる男。
しかし赤信号なので渡れない。
青信号に代わりようやく娘の元へ。娘を抱え家に帰り、車に乗せる。
シートベルトを締め車の前後、周辺を確認する。
座席に座りシートベルトを締め、座席の位置を調整し、ミラーを調整し指差し確認を行う……。

ドラマというフィクション世界は記号的。
“表現的正しさ”を忠実に行うわけではない。
だからこそ赤信号でも飛び出すし、車に乗り込み急発進する。
  
  

誰のための正しさか

最近は、ポリティカルコネクトレスや倫理をフィクションに適用し「倫理的に正しい表現」をさせようという考えが強くなった。

しかしポリティカルコネクトレス的に正しいことは誰にとっても幸せなのか。
“社会倫理的に正しい表現”だけでフィクションが造られれば誰か幸せになるのか。

どれだけ社会的に正しかろうがそれにより権利が奪われたり抑圧されたり、表現の自由が制限されるのでは本末転倒な気がする。
正しさを守るために表現があるわけではない。


ワンピースの舞台は、地球でもなければ日本でもない。
過去にも現代にもワンピースの時代はない異空間のお話。
異世界で吸われるタバコという記号表現は、果たして現実と同じタバコだろうか?
なぜ同じと言い切れるのだろう。
フィクションにおける死ですら現実と等価ではないのに。


ワンピースに対し正しさを厳密に用いるなら、主人公は暴力を振るい、仲間は刀を持ち歩き、足で蹴りまくっている時点で既にアウトな物語。
タバコを吸う表現に関してだけ疑問を呈するのは、バランスに疑問がある。

ワンピースとは暴力的であり、殺人が行われ、タバコも吸う。
現実的法規制や倫理が通じない異世界の話。

メイン読者の若年層だったら何も引っかからないと思います。/id:xa_ax "ただ、それを突き詰めていくと、ONE PIECEでは暴力描写は普通にありますし、作品全体として不適切になってしまう。"
メイン読者の若年層だったら何も引っかからないと思います。/id:xa_ax id:rag_en "ただ、それを突き詰めていくと、ONE PIECEでは暴力描写は普通にありますし、作品全体として不適切になってしまう。" - topisyu のコメント / はてなブックマーク

トピシュさんは、上記のこともわかった上で書いてると思いますが。


無制限な表現の自由は、許されるべきではないだろう。
ポリティカルコネクトの思想も適宜使われるのが望ましい。
しかし何に関しても“社会倫理的に正しい表現”を武器として振りかざし求めるというのは非常に堅苦しい。

“社会倫理的に正しい表現”の請求は強すぎる。
無制限に適用されるべきではないと思う。

www.bengo4.com
こんなのもあったっけ。
※喫煙という行為が社会的に禁止されているわけでもないのに嫌煙運動は表現すら抑圧しようとする


自分が気にしないことに関しては許すが、自分が気になる表現は許せない。
そういう観測範囲でポリティカルコネクトレスや“社会倫理的に正しい表現”を持ち出すのがどうも気持ちが悪い。
「社会的に規定された正しさ」は糾弾するためのツールではないのに最近そういう使用例が多い。


著作権周りの話でも思うことだが。
何ごとにも「正しさ」を求めるのは、結果的に誰の首を絞めてるのか。
そんなに「すべて正しい世界」がいい?


「現実世界で個人がタバコを吸うのは自由だが、タバコを吸う表現は許せない」
「だって子供に悪影響を及ぼすから」

現実に生きる人間は何も正しく生きてなんていないのに、表現にのみ正しさを求める。
マンガの喫煙シーンより、現実で喫煙する大人を見る機会の方がよほど多い。
歩きタバコして通勤してるバカは未だにゴロゴロしてる。
フィクションにおける表現だけを規制する、問題視する理由はどこにあるんだろう。
線引きをどこまで行うのか。

だからこそゾーニングなんて話も出てくるわけだが、それで補いきれるわけがない。
こぼれるものは多々あるだろうしその度喧々諤々するんだろう。


マンガでタバコを吸っても、読者の誰一人受動喫煙にならない。
喫煙は、現実で規制されているわけでもない。
差別や偏見などはさておき、異世界での表現まですべてにおいて現実に即して“表現的に正しく”なければならないのだとしたら、もはや表現の自由は現実にも異世界にもない。

フィクションは美化された現実であるべきか?

そう思うのだけれど。

ONE PIECE 78 (ジャンプコミックス)

ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness、略称:PC)とは、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、職業・性別・文化・人種・民族・宗教・ハンディキャップ・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現、およびその概念を指す
ポリティカル・コレクトネス - Wikipedia