「似たものを見つけてパクリと騒ぐだけ」のどんなバカにでもできる簡単なお仕事

※バイラルとか2chまとめって本当にクズだなーと思う方だけどうぞ

アナログ風神

http://www.flickr.com/photos/67478109@N00/2938052300
photo by Raelene G
「風神雷神図」という紙本金地着色の屏風がある
描いたのは江戸時代の画家 俵屋宗達。

そして琳派の画家 尾形光琳は宗達の風神雷神と同じ屏風を描いた。
http://www.flickr.com/photos/24354425@N03/16393317105
photo by sjrankin
その輪郭線などは俵屋宗達のものを忠実にトレースしつつ、しかし周辺の雲や配置などを変え表情も異なる。

そして光琳と同じ琳派の画家 酒井抱一の描いた「風神雷神図屏風」
酒井のものは光琳を基にした模写と言われているがかなり酒井の独自な感覚が前面に出た作品にになっている。
どちらも実物を見たことがあるが、光琳の風神雷神の方が宗達より計算されている感じがして、酒井のものは少しコミカルささえある。

さてこの三隻の屏風は似ているどころか同じものを模写した作品。
今流行りの言葉で言うなら「パクリ」ということになる。

では、なぜこの三隻はパクリ(盗作)の謗りを受けなかったか。
それは単にこの絵が素晴らしいということもあるが、それ以上に絵はアナログであるということが大きい。




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最近、デザイナーがパクったパクったと喧しい。
しかしデザイナーがパクリを言われるのはデジタルデータとデザインの世界の話。
全く同じ複製を作れるのは、デジタルのいい部分でもあり悪い部分でもある。

絵画というのは、アナログ。
そしてデザインと絵画は全く異なる。

キャンバスがあり、そこに手で描く。
鉛筆、木炭、水彩、油絵の具、様々な画材を塗り重ねて一枚の絵は描かれる。
全く同じものはできない。
だからこそ模写であれ、その模写の技量が問われる。


俵屋宗達の描いた風神雷神。
その模写に挑んだ尾形光琳の技量が素晴らしかったからこそ構図をより一層完成されたものにできた。

歴史的に絵画の模写が悪いとはされない。
オリジナルこそ唯一無二でなければならないというのであれば、この世界からあらゆるコンテンツは無くなる。

今の時代に何かの模倣でない完全なオリジナルはほとんど存在しない。
どんなものであれ何かの影響を受ける、どんなものであれ何かの要素がある。
単にそれがわかりやすいかわかりにくいかの差しかない。

わかりやすいものを見たとき、安直に「パクリ」と叫ぶ。
実に簡単で、実にざんねんな思考。
 
 

オリジナルが正義で似ていることは悪か?

パクリという言葉を簡単に使えるせいか「オリジナルであることが絶対的に正義」という勘違いが蔓延している。
 
森村泰昌という写真家がいる。


彼は過去の有名な写真や絵画などにメイクを使いそっくりに再現してみせる。
既存の絵画や写真のイメージをそのまま自身で再現してみせるという部分こそアート。
自身の身体をキャンバスにした模写という斬新なオリジナリティがあるから評価される。
似ている=パクリという浅薄な定規で計れるわけもない。
 
 
ネットを見ていると同人誌やPixivあたりのイラストのトレース騒ぎと絵画の類似を同列で語るような人間が多い。
絵画や芸術というのは模写、習作に否定的ではない。
少なくともデジタルデータのコピーと同じレベルで話すことではない。
 
そもそも全く同じ(盗作、コピー)作品は、模写や習作とは呼ばない。
贋作、転写と呼ばれる。
 

模写(もしゃ、英: reproduce)は、美術において、他者の作品を忠実に再現し、あるいはその作風を写し取ることでその作者の意図を体感・理解する為の手段、方法。ただ単にその作品をそっくりに複製する(英: copy)手法は「転写」であり、「模写」ではないとされる。
日本画においては古くから修行や絵画の精神性や洋式、技法の伝達などを目的に模写が行われている。また、現在では絵画の保存を目的とした模写も行われており、原画が失われても模写が現存することで絵画の内容が伝わっている例もある。
模写は「上げ写し」や「敷き写し」などの技法で原資料から図像を写し取り、色見本を作成した上で彩色・裏彩色を施して制作される。
模写 - Wikipedia

 
オリジナルと全く同じ手法、その画家の描き方も完全にトレースする。
素材も当時のものに近づけることで再現率を高め、レプリカを作り上げる。
模写は「オリジナルの要素を感じ取り自身の絵として再現する」
贋作は「オリジナルと全く同じコピーを作る」
前者と後者は、似ていても全く違う。


著作権云々はオリジナルの資産的価値に対し侵害を犯すからこそ成立する。
「似ているから著作権侵害だ」などというならこの世界の二次創作なんて全滅する。
ダブスタで「パクリだ!」というしか脳がないのお前らは切り分けできるのか?
絵画に関しての前提知識があって言ってんのか?

自分の好きなコラは許すしRTするけど、大学生の卒業制作は気に入らないからパクリだっていうほどバカじゃないよね?
バカなの死ぬの??

卒業制作の是非

togetter.com
さて、多摩美の卒業制作作品がいわさきちひろ作品に酷似しているのだそうで。
実際に見てみるとわかるが、これはいわさきちひろの作を前提としてそれをサンプリングとして利用し新しい作品としている。


さて、いわさきちひろを調べなければわからないような門外漢がこうやって知った顔でアートの蹂躙などと言い出す。
知っていれば模写などの行為が蹂躙でないのは当然のこと。
そんなことを言い出せばアートは数百年前から蹂躙されまくり。
たかが卒業制作で蹂躙とは実に声が大きいが無知を露呈している。




既存の作品を参考に使い、新しい形に仕立て上げるということがいかに難しいか。
コピー&ペーストじゃない。
キャンバスに同じ絵画を再現してみせることに技術が表現されてる。
そんなことすら思いつかず、どこかのデザイナーのロゴデザインと同じレベルでしか考えない。

似ている=パクリ=悪という安直な発想は、もはや病気に近い。


まぁ、そのとおりですね。

実際、著作権侵害は裁判でもかなり難しい部類。
似ている=パクリだなんて安直な話ではない。

そもそも大学の卒業制作で作られた作品が著作権を侵害しどんな利益を得たのか。
これに対しいわさきちひろ側が訴えて何の得があるのか。

仮に訴えれば、いわさきちひろの権利者側が裁判費用をドブに捨て、一人の美大生の未来を潰した上で、絵画に関しての知見が狭いことを美術界に広める効果があるでしょう。
大学の卒業制作が、いわさきちひろ作品にどれだけの経済的損失を与えたんだろうね?

元ネタを知らなきゃパロディとして成立してないって意見もあるが、元ネタを知ってる人間が必ずしも見るとは限らないなんて当たり前。
知らない人間ばかりがパクリパクリと騒いでる。
「オレは知らないし、オレに通じないからお前は間違ってる」
ってお前の無知なんざ知らん。

前提知識を知らなくても一枚の絵画として完成している。
前提知識を知っていれば絵画としての完成度の上に面白さが加わる。
パロディは、そういうもの。

パクリと認識することすら前提知識が必要なのにおかしなことを言う。
前提知識云々で成功失敗じゃない。

ざんねんなお知らせ

いわゆる絵画の世界でのパクリと呼ばれるものは有名な作家が無名な作品を盗むことを指す。
これだけ有名な作家の作品に対しての学生のオマージュ作品が、いちいち説明しなければパクリ呼ばわりされる残念さ。


これだけ論証をして、知識を放出し、まとめあげ書いても、
適当にどこかからパクってきた画像を二つ並べ
「似ている!パクリだ!」
と何の証拠もなく書いてるクズみたいな価値しかないデマ記事の方が広く拡散される。

そして「似ているものはパクリだ」という間違った知識が定番になる。
叫ぶ側は
「似てるからパクったんだし著作権侵害だろ!?許可とってないだろ!美術界の蹂躙だ!」
と安易に叫んで気持ちいいらしい。
知識も論理も、美術への興味もろくにない勘違いのバカが多い。

実際、考えるにはそれなりの分量の情報が必要。


この記事には、一部の自分の頭で思考できる人だけが参考にできるよう、それなりに納得できる情報を入れてみた。
仮に納得できないなら自分で調べてみることをお勧めする。

netgeekやハム速みたいなゲス記事ばかりが広がり、こういう記事は広く読まれない。
一部の方は、クズがまき散らすしょーもないデマに騙されませんように。


今日もインターネットは、いろいろざんねん。

(fade out)
 

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【参考記事】
potex.hatenablog.com


【追加記事】
azanaerunawano5to4.hatenablog.com