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”奇蹟”を望む否探偵小説 井上真偽「その可能性はすでに考えた」

ミステリ 読書

その可能性はすでに考えた (講談社ノベルス)
アンチミステリ(否推理小説)と呼ばれる作品がある。
ミステリでありながらミステリのフォーマットをあえて否定したり破壊したり逆らったりして見せるような作品を指す。
この作品を評すならアンチミステリというより
「アンチ・デテクティヴ・ミステリー(否探偵小説)」
が正しいと思う。




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とある谷で閉鎖的に暮らしていた新興宗教団体のコミュニティ。
そこで集団自殺事件が発生する。
教徒は全員首を切り落とされ、教祖は焼死体となって発見された。
そんな中、少女が一人生き残る。
少女の目の前には首を切り落とされた少年の屍体。

「あの、私ーーー人を殺したかも、しれないんです」

生き残った少女は成長し、探偵 上苙丞の元を訪れる。

少女は少年を殺した記憶も首を切り落とした記憶もない。
しかし容疑者は他にいない。

上苙丞は、あらゆる合理的な可能性を否定し、少女の体験が奇蹟であることを証明しようとするが……。


通常、探偵は証拠から推理を行い最も合理的で矛盾のない、物語内の解答を読者に提示するためのシステムとして存在する。
しかし今作の探偵 上苙丞は、あらゆる推理を行い、一見合理的に思える仮説を次々と否定する。
様々な人物が一つの事件の可能性を話し合う形式は、過去作でいうとアントニー・バークリー「毒入りチョコレート事件」アイザック・アシモフ「黒後家蜘蛛の会」にも見られるんだが、これらが論理的な正解を求めようとするのに対し、今作では論理的に矛盾がある可能性をすべて否定し続けるという不思議な構造を持ってる。

シャーロック・ホームズは
「不可能なものを除去して最後に残ったものが例え信じがたいものでも、それが真実だ」
と言ったが、今作の場合、探偵があらゆる可能性・仮説の矛盾をつき否定することで事件が”奇蹟”であることを証明するのが目的。

つまり現実的にありそうなこと解答は、探偵が次々否定してしまう。
斬首された少年が斬首されたまま少女を運んだ、という奇蹟を証明するために。
だから否探偵小説。


にしても真っ赤なコートに青い髪というなかなかエキセントリックで実写化しないでほしい外観の探偵に、中国人の暗黒街の顔役フーリンがワトソン役。
どっかで見たような少年探偵とか殺し屋とか。
次々敵が登場し、論理を武器に襲いかかってくるのはまるでブルース・リー「死亡の塔」。

なんつーのか、その辺の大仰なラノベチック設定とゴリゴリのロジックな展開とのミスマッチがなんとも言えない風味。
まぁ、これで主人公が地味なおっさんコンビだったらさすがに厳しいのかもしれない……。

これはアンチミステリではない。ただの奇蹟だ

麻耶雄嵩が帯にコメントを寄せている。
この作品で麻耶雄嵩にコメントを求める辺りも講談社ノベルス、さすがに解ってる。
あとは大森望くらいしかいないんじゃなかろうか。


一風変わった(でもロジカルな)ミステリを読みたい人にいいかもしれない。
やはりメフィスト賞受賞作家は、一筋縄ではいかない。

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