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物知りお父さんは、謎を入れれば答えが出てくる 文系ミステリ 北村薫「中野のお父さん」

中野のお父さん

物知りな父親というと都筑道夫の「退職刑事」を連想する。
現職の刑事である息子が家に帰りかつてやり手だった父に自分が抱える難事件を相談する。
すると父親は息子の話から大胆な推理をして真相を言い当てる。




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主人公は、文芸誌の編集者である娘 田川美希。
実家へ帰り、教師だった父に最近あった奇妙な出来事を話す。

最優秀新人賞に応募作『夢の風車』が選ばれた。
美希は、早速作者である国高 貴幸に電話をかける。
しかし応募した本人は
「応募していませんよ、私は」
と答えた。
「投稿したのは、一昨年のことですよ」

(夢の風車)


北村薫の端正な筆致で語られる、少し不思議な謎をあっさり解く父。
娘が話す内容にある材料から推測できるもの。
凶悪な犯人が巡らせる複雑な謎に立ち向かうのではない。


中でも異色なのが、短編「闇の吉原」
泡坂妻夫の短編「椛山訪雪図」(短編集”煙の殺意”内)に登場する俳句

・闇の夜は、吉原ばかり月夜哉

切る場所で意味が違ったり、接続詞が変われば大きく意味が変わったりする句。
解釈を巡ってお父さんが様々な論を紹介する。
この短編は、芥川の短編に寄せられた献辞を巡る謎探しをテーマにした過去作「六の宮の姫君」を連想する。
こういう端正で深みのある作品に北村薫の円熟味を感じた。

六の宮の姫君 (創元推理文庫)
北村 薫
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少し想像すれば、少し視点を変えれば見える真相。
それにスーパーヒーローや名探偵のような特殊性は必要ない。
電子レンジのように謎を入れれば自動で答えが出てくる「物知りな父親」という設定に合致した謎と真相。

謎のひとつひとつは日常の範囲。
事件のひとつひとつは小品だが、北村薫の丁寧な文章で描かれる物語はとても魅力的。


30年間、連番で30枚、宝くじを買い続ける「宝くじおばさん」
あるとき宝くじおばさんのところに泥棒が現れ宝くじを奪っていった。
大当たりのない連番30枚。お金に交換しても数百円。
話を聞いた父はこう答えた。

「空くじが宝くじだ」

(数の魔術)


北村薫の描く日常の謎、安楽椅子探偵譚。
文豪の書いた謎のラブレターを巡る(幻の追伸)や本を巡る殺人事件(茶の痕跡)など、理系ミステリが多い中、文芸誌の編集者と国語教師の父が文芸の謎に挑む隅から隅まで文系なミステリ。
文章は熟達、大げさなケレン味や派手さはないけれど隅々まで丁寧に作られた佳作。
謎がシンプルなので同じ日常系の過去作「空飛ぶ馬」などと比べてもあっさりしている。
各話が短くさくっと読める良質な短編集。

  • 夢の風車
  • 幻の追伸
  • 鏡の世界
  • 闇の吉原
  • 冬の走者
  • 謎の献本
  • 茶の痕跡
  • 数の魔術

煙の殺意 (創元推理文庫)
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