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ファム・ファタールは誰? 韓国映画「私の少女」

私の少女 [Blu-ray]

孤独なエリート女性警官と残酷な世の中に放り出された少女を描いたヒューマンドラマ。海辺の村に赴任してきた警官のヨンナムは、少女・ドヒと出会う。ドヒは継父・ヨンハと暮らし、日常的に暴力を受けていた。ペ・ドゥナとキム・セロンが共演。

 



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日本でリメイクするなら長澤まさみと広瀬すずとか。
 
 
問題を起こし田舎の警察署に飛ばされてくるヨンナム(ペ・ドゥナ)。
ヨンナムは、母親が蒸発し、同級生にいじめられ、家でも祖母と養父から虐待を受けている少女ドヒ(キム・セロン)に出会う。
ある時、ドヒを追う祖母が崖から落下し事故死。
養父からの虐待を避けるためヨンナムは自宅にドヒを引き取るのだが……といった中身。
 
ハリウッド映画「クラウドアトラス」やNETFLIXオリジナルの「センス8」に出演したり(次回もウォシャウスキー姉弟の「ジュピター」)、すっかり国際派女優のペ・ドゥナと、天才子役のキム・セロン共演ということで、俳優に関しては一切問題ないし、がっつり観てしまう。
ペ・ドゥナは、美しいって感じじゃないけど魅力的なんすよねー。
 
旧弊的な田舎を舞台にさまざまな差別問題や平然と行われる虐待など描いて見せるのは、都会から来たヨンナム(現代的な感覚)とのギャップを描きだすために機能してる。
で、単なる社会派映画でないのは、仕掛けがあるからでして、
 
 
予告動画以降、ネタバレ。
 
  
 
あえて舞台を同性愛に対する差別や外国人労働者の違法就労問題、児童虐待などに関し理解の無い田舎を舞台にすることで描いて見せた。
この辺、いろいろな社会問題をてんこ盛りにして野菜マシマシニンニクマシマシアブラ多めの盛りつけになってるのは少し気になったけれど、主演二人の魅力で説得力を持たせる辺りはさすが。

チョン・ジュリ:猫を一匹飼っている飼い主がある日、違うネコを連れてきます。ところが、飼い主は新しく連れてきた猫だけを可愛がるのです。以前からいた猫がそれを見て、毎朝死んだネズミを飼い主の靴の中に入れるようになります。飼い主はネコがそんな行動をするのは嫉妬からだと思い叱りますが、翌朝猫は皮を剥いだ真っ赤なネズミを飼い主の靴の中に入れました。実は猫は飼い主を愛する気持ちからエサを入れただけなのです。私たちが思うような嫉妬ではなく、飼い主に対する愛なのです。ドヒはそんな子です。
映画「私の少女」チョン・ジュリ監督“ペ・ドゥナ&キム・セロンの好演は本当に有り難かったです” - INTERVIEW - 韓流・韓国芸能ニュースはKstyle

そしてキム・セロン演じるドヒは、ある種のファム・ファタール。
母親がいなくなり、養父にも祖母にも友人にも、頼れる人間は周囲に誰もいない。
しかしそこにペ・ドゥナが登場し、キム・セロンは祖母を事故死に見せかけることで養父からペ・ドゥナの元へと逃れる。
祖母殺しは、キム・セロンにとって逃避のための動機作りとも言える。
しかしペ・ドゥナがキム・セロンに対する性的虐待の容疑で逮捕され、キム・セロンは養父を児童虐待の罠にハメる。
監督が、猫だったというのがよくわかる。
 
 
最終的にペ・ドゥナは、キム・セロンを連れて田舎を出る。
これは当然、自分を捨てた母親の代わりにペ・ドゥナに連れ出されることで、母親に対して持っていた「一緒に連れて行って欲しかった」願望を代替えできたということでもある。
無垢さは、同時に身勝手な残酷さも内包している。 
 

チョン・ジュリ:私たちの映画でドヒが悪に見えましたか?(笑) ドヒはとても純粋な子です。その純粋さが両面的だと思います。とてもあどけないですが、同時に盲目的な一面も持っています。それがドヒなのです。一つお願いしたいことは、『私の少女』で絶対悪はヨンハ(ソン・セビョク)が代弁していますが、もしヨンナムがドヒに出会わなければ、ヨンハはドヒの未来になっていたでしょう。もしくは、ジョムスン(キム・ジング)になっていたかもしれません。
映画「私の少女」チョン・ジュリ監督“ペ・ドゥナ&キム・セロンの好演は本当に有り難かったです” - INTERVIEW - 韓流・韓国芸能ニュースはKstyle

 

以前観た「ハイヒールの男」でもそうだけど、韓国映画は差別をガッツリ描きつつも、キチンとエンタメとして昇華しきるので観れるし、だからこそ考える。
日本映画だと、単に差別のつらさだけを描いて終わっちゃうのでねぇ。
 azanaerunawano5to4.hatenablog.com