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ちょいオタ、ぬるオタ、ニワカ、エセオタク

はてな 小ネタ 社会

p-shirokuma.hatenadiary.com
昨日、MXのバラいろダンディをちらっと観たら室井佑月がこのニュースを指して
「東洋経済ってどーでもいいニュースも載せるのねー」
といった旨を言っててその通りとしか言いようがないのだけれど。
「マイルドヤンキーとかサトリ世代なんて雑なワードで時代を切り取った感を出して飯のタネにする」
でお馴染み博報堂 原田曜平の記事ですからねぇ。

 



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少し前まで「オタク」と言えば、少しマイナスイメージでくくられる存在だった。しかし現在では、自分がオタクであることを主張する芸能人やモデルなどの存在が、社会の「オタク」へのイメージを大きく変えた。今や「オタク」は立派な個性のひとつなのだ。
若者の間に「エセオタク」が激増しているワケ | さとり世代は日本を救うか? | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

やはり何周回前だよ感があり、かつて「オタクは名乗るものではなく呼ばれるものだった」という旧来的なオタクと2010~のオタクとは明確に違うモノを指してるのも、もはやかなり一般的認識になってる。
なにをいまさら。

もちろんこんなモノは当然のこと。
言葉は単なる器でしかない。
その言葉に付随するイメージや含意の詳細は時代によって異なる。
絶対的に変わらない「死」という言葉もあるが、それにしろ「うわー忙しいわ―死ぬわ―」と言った場合に使われる「死」とでは、本来的な「死」というワードとで含意は異なる。

カフェでよくかかっているJーPOPのボサノヴァカバーを歌う女の一生 (SPA!コミックス)

オタクという生き物は、かつて渋谷直角「カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生」がサブカルの生態のひとつとして描いたようなオタク知識や趣味を競い合い依存し、それに依りコミュニケーションを行う。
旧来的なオタクはだから自分がオタクであるなどとは名乗らないし、自身がオタクだろうがどうでもいい。
気づけばオタクと呼ばれるような状態になっているだけでしかない。
 
 

ぬるオタ

私は、なるべくなら、カジュアルなビギナーには暖かい目を向けたいと思う。そしてライトオタクやオタクビギナーといった言葉を使うことはあっても、エセオタク、という表現はできるだけ使わずに済ませたいと思う。なぜなら、かつて「薄いオタ」であり、「ぬるオタ」であった頃の私は、先輩達からそのように扱ってもらいたかったからだ。薄いオタクを嘲笑するような振る舞いを、私はしたくない。
エセオタクって言葉、好きになれないなぁ - シロクマの屑籠

“自称”オタクの割には、詰め方が甘い、知識が浅い。
だからこそ「ぬるオタ」というワードもある。anond.hatelabo.jp


2000年の同人用語の基礎知識を引くとこうある。

アニメ や マンガ、ゲーム には興味があるけれど、流行りものを追いかけるだけで腐女子や おたく、レイヤーなどとは関わり方、濃度、ニュアンスが違う場合には、非オタ などと呼ぶ場合もあります。 ライトな おたく の場合には 「ちょいオタ」 とか 「ぬるオタ」、「ニワカ」、おたく のフリをしている場合は 「なんちゃってオタク」 などと呼びます。
一般人/ 逸般人/ 同人用語の基礎知識

「ちょいオタ」「ぬるオタ」「ニワカ」「なんちゃってオタク」

これを今、こういうコンテクストが断絶した世代が新しく「エセオタク」と言い直し、それを原田曜平がまた飯のタネにしたと言う流れが見える。

新・オタク経済 3兆円市場の地殻大変動 (朝日新書)

コンテクストが断絶すればそのワードは新たな含意を持ちその時代に応じた使われ方をしていく。
ある程度の変容性やまた含意などにおいて許容できるゆるさが言葉には存在するし、「マイルドヤンキー」がそれなりの市民権を得てしまったように「エセオタク」もそれを使うひとびとが受け入れればその新たな含意を持って使われていくのだろう。
それは新たなワードというよりは関連のある概念と繋がりを持ちながらも変容した許容性の範囲内で適応していくんでしょう。
それが言語というツールの機能。
時代と共に文化や環境が変わるのだから言葉の概念が変わるのは当然だし、だからオタクというひとつのワードで括れないから新たなワードを作りだすのも自然なこと。ただそれを露骨に飯の種にしてるのが透けて見えるからなんだかなぁと思うだけ。

高知の国のトマト王子

ところで同じ「言葉」の用法・定義の話題ですが、d.hatena.ne.jp

“はてな村の狂える猛獣”ことkanose村長に先日記事の

いつも思うんだけど、人生~みたいなひとって批判を受けるとすぐに読み手に対し「ネットイナゴ」と何の考えもない安易なトマト用語を使うけど、それはネットイナゴと読者を区別してるってことでいいのかしら?
批判をアンチとかイナゴとか短絡的に言うのは、何も考えてないからとりまもちつけ - あざなえるなわのごとし

という部分の「ネットイナゴ」というワードはパヤト発祥ではないと言うご指摘で。
まぁ、足りない部分を補足すると、つまり「今“新しい生き方”とか“プロブロガー”とか語っちゃう(人生~のひとを含む)人はみんなトマト・パヤトが使うワードを率先して使うよねー」と言うことでしかない「トマト用語」でして、これはメガネパヤトが革新的なニューワードとして生み出したという意図の用例ではないんですけれども(あのひとにそんな才能があるとも思わないので)ただ参照アーカイヴとしてパヤトが機能してしまうことがあるよね、ということなんですが。

この指摘はアレですかね、昨日ウチが「カメラとか自転車みたいにお金のかかる趣味と比べるとキンドルの積読なんて子どもの遊びですわ―www」などとツイートしてしまったら、カメラの次に自転車にハマり、既にキンドルで電子空間いっぱいに本を積んでる村長の琴線に触れてしまい魔界から召喚してしまった流れですかね。
……いや、まぁ、カメラの次に自転車だなんて金かかる沼なのに積んだ本がさらに増えるしかry

ごめんなさい。
廊下に立ってます、はい。

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