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“はてな村 vs メディアクリエイター”という単純二元論

えー、SMAPがー、あーだこーだと騒がしい今日この頃。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
ものすごく些末な話を一席。

www.issey-98.com
なんでもどっかの大学生が「ブロガーじゃなくメディアクリエイターと名乗る」と言い出しそれに対しダサいという意見が相次いだところへ、こういう意見が。

さて、メディアクリエイターという厨二病炸裂しまくってる名称がクソダサいかダサくないかはさておき、どうしてこういう方々は
・若者→新しい考えを理解できる柔軟性がある
・おっさん→頭が固く旧弊的だ

という二元論にしたがるんだろうでしょうね?

日朝ヒーローモノの観過ぎじゃないかしら。
世の中、そんなにシンプルにできてねぇだろうよ。



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“はてな村”の影

まず、はてな村。正直、この言葉は最近知った。ほとんどの学生は、はてなブログのことを文字を書ける媒体の一つくらいにしか思っていないはずだ。もちろん、はてなにいる学生たちは少なからずちゃんとブログをやろう、という意思があるわけで、何かしらの選択をしてはてなにたどり着いたため、媒体の一つというのは言い過ぎかもしれないが。とにかく、ブログという媒体に対する意識は低いし、はてなの空気というものを知らない。一方、長年はてなを利用してきたメディアクリエイター否定派のおっさんたちは、ユーザー文化やはてなはこうあるべきだ、など伝統を守ろうという発言が見受けられた。

おっさん、はてな村。
もう今、はてな村が~って言ってる方は、ここ数年選手なので大しておっさんでもない。
真のおっさんはてな村(古参)の方々は、Facebook主戦場。

ここにも
・否定派=おっさん=はてな村
という二元論的な決めつけが見える。

はてな村の伝統?何それ?
学生がたまたま始めたブログが上手くいったからと言って「稼ぐノウハウ教えます」などとろくに売るべき価値もないのに山師のごとく見せかけの価値ばかり作り上げ金儲けの話ばかりしてるのには辟易とするが、それに対してでもはてな村の伝統なんて言ってるやつはいないだろ。
そんなのがいるとすれば、それは≪はてな村≫という別の世界線。
伝統というなら、それは“はてな村”じゃなく“嫌儲”だろうね。

はてな村という旧来的概念はとっくにダムの下に沈んでいる。
今使われているはてな村というワードは、便利に使われている空疎な影。
参照コンテクストとしての“はてな村”は、実際的には機能してない。


そもそも「はてな界のアイドル」とか誤認識して勝手に使ってるのも言い出してる当の“メディアクリエイター”本人で「はてな界のアイドル」ってタームも、はてな村の造語なんだが……なんだかねぇ。

ユーザー文化?伝統?さっぱり意味がわからない。なぜならぼくらはそんなこと、頭の隅くらいにはあったかもしれないが、気にしたことがないからだ。この発言を見たとき、少数の学生たちの動きだけでユーザー文化に影響するほど、はてなは脆いものなのかとびっくりしたくらいだ。はてな「村」と呼ばれるのもわかる。

つか、そもそもメディアクリエイターと名乗ることとユーザー文化云々って別じゃね?
何を話したいんですかね?
メディアクリエイターという肩書の是非じゃなかったっけ?
急にはてな村とユーザー文化とかいう出所不明の藁人形相手にサンドバッグ始められても。

この、価値観を共有できていないことが理由の一つだ。伝統がどうのこうのという価値観は理解できないし、ぼくたちの価値観もおっさんには理解できない。

根本は、ここだよねー。

理解できる→若者
理解できない→おっさん、老害

この柔軟性のない勝手な決めつけこそ根本。
理解できる・できないに関して年齢という軸をどうしても持ち込みたい。
そして本来「メディアクリエイターはダサいかダサくないか?」というクソどうでもいいことなのに、主語を広げてはてな村とユーザー文化とか持ち出してきたよ。

ダサいと感じる他人の感性は否定しづらいから、そこへ「おっさん」「はてな村」という曖昧なクラスタ/ワードに代入、当て込むことで否定的に料理する手管。
あざといわねぇ。

高城剛

LIFE PACKING 未来を生きるためのモノと知恵

ウチなんかは「メディアクリエイター」なんて名乗ってたらダサいと感じますよ。
なにせ高城剛のハイパーメディアクリエイターっていうのが先にいて、その劣化イメージしか受けないから。
さらにマルチメディアクリエイターなんてのもいるのに、いまさら

A「新しい肩書を考えたんだよ!メディアクリエイターっていうんだ!これは僕らの考えた造語で」
あ「おま……それ、もうあるんだけど……」
A「格好いいよね?メディアクリエイター!!」
あ「別に……」
B「メディアクリエイターを批判するのはおっさんだ!」
あ「……え?」

「横文字肩書格好いい!」という認識こそ旧来的。
バブル時代の感性じゃないんだから。
それが一周回って今、新しいと言っているだけ(無知ともいうが)。

既知であれば、すでに見た光景だからこそダサいと感じる感性が培われる。
知っているか知らないかという知識差の部分も大きいし、それは必ずしも年齢に比例しない。
若いからといって無知とは限らない。

何かをダサいと感じるか、ダサくないと感じるか。
それは受け取り手の自由だし、ダサい肩書を名乗りたければ名乗ればいい。
そこまで知ったこっちゃあない。

「お前メディアクリエイターなんてダサい肩書はやめろ」って言ってるわけじゃなく「うわ……メディアクリエイターだって……ダサっ」と思っただけ。というか思うわなぁ……。
だからこの記事でも大本のメディアクリエイターさまには、あえて言及してない。
厨二病で劣化高城剛になるのは自由なので。


ところが、こんなことの主語を広げ二元論を持ち出し「年齢を重ねると若者の考えが理解できず、はてな村のおっさんは頭が固い」とか勝手な仮想敵を作り出しそれを攻撃し始めるからこうやって記事にする気にもなる。
いったい何を殴ってるのか?

老害

ところで、
先日もそのオフ会に参加(主催)してた某ブログで

「若者の新しい考えを勝手に決めつけ批判するのは老害だ」

という趣旨の記事があって辟易としたんですよ。
主催者でこれかよ、と。

理解されない→年齢のせい→老害

と決めつけてる時点で自分のやってることも相手を理解しないレッテル貼りであることを理解していないダブスタ。
老害というレッテル貼った時点で、自分だって理解の努力を放棄してるのに。
若者の新しい考えが批判されるのはおっさんが一方的悪いが、若者が勝手に決めつけおっさんを批判するのは許されるんだそうで。
そもそもその考えが本当に新しいのか、それとも自分が知らないだけで何かの劣化コピーじゃないかという可能性にすら思い至らない時点でいろいろたかが痴れてる。

なんか、こんなんばっかりで、ほんと大丈夫かよ……。
現実社会における人生経験や対抗意見ってのは、こういう未成熟な思考や精神をマッシュ、ブラッシュアップさせるはずなんだが、最近はネットのぬるま湯の関係性で対抗する力が弱いまま熟成されてしまい、肯定的であることが正しいとされ、自意識ばかりハイパー化する傾向があって……いやはや。
ハイパー化は、ヤバいよねぇ……。
「敵が小さく見えるって事は、あたしが勝つって事だ!!」*1
で、自爆すんのよ。
こんなことまで予見してたとは、富野由悠季偉大だ。

勝手に盛り上がってる厨二病ならまだしも誰彼構わず戦線を広げるんじゃあ、老害的な老婆心として先が思いやられますわ。
ほんと、嫌ねぇ老害って。


さて、老害は、今日もブラックな仕事に向かいますかね。
フジ、SMAPの映像こすり過ぎだろ……(fadeout)

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