SMAP事変を見ていて、太平サブローシローが吉本の圧力で干されたのを思い出した

昭和の名コンビ傑作選 5 太平サブロー・シロー/宮川大助・花子: DVD付きマガジン よしもと栄光の80年代漫才 (小学館SJ・MOOK)

SMAPガーSMAPガー。
というのもそろそろ落ち着いてきたので。
今回の件を見ていて、やはり太平サブローシローの吉本からの独立騒ぎを連想した方も多かったと思うんですが。
誰もが知るあの有名な……え?知らない??

では人気絶頂だった漫才師が圧力で消えた話を一席。



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デビュー、漫才ブーム

レッツゴー三匹の弟子だった太平サブローシローは松竹芸能所属。
しかしレッツゴー三匹に破門され二人は吉本興業へ。
これは吉本へ行きたがっている太平サブローシローのことを考え、事務所移籍をしやすくするために名目上破門したのだそう。

そして1980年代の漫才ブームが到来。
1980~82年に放送されたTHE MANZAI。
そして81年からは、ひょうきん族。

サブローもシローも芸達者。
とてもうまい漫才を見せるコンビだった。
この当時の漫才師は、アイドルみたいな人気でしたっけ。

独立、解散、失踪

東京へ本格的に進出したいサブローシローは、まだまだ大阪で売りたい吉本の方向性に反発して独立。
東京の芸能事務所に所属することになる。

SMAPの場合はここまで至らず未遂に終わったわけですが、もし独立していたらどうなっていたか……。

参考までにサブローシローはその後、どうなったか??

知恵袋から引きますが

吉本はまだまだ大阪メインでと考え、サブローシロー側(どちらかと言うとサブローが)東京での仕事をしたいという事で、喧嘩わかれするような形で事務所を飛び出し、その時に吉本幹部から「どうなってもしらんぞ」と脅しを掛けられた上での独立だった。
その為、吉本に在籍してた他の芸人にしめしが付かないので、吉本がTV局に「サブローシローを使うならうちの芸人は出させない」と圧力をかけた。
新人芸人を出さないだけならまだしも、看板番組を持ってるような大御所まで出さないとなると局としても番組が成り立たなくなるので、一部の番組ではサブローシローを使わないようにした。
結局は見せしめの為でしょうね。
後に吉本に詫びを入れて元に戻りました。
昔の漫才コンビ太平サブロー・シローさんは吉本から独立して圧力がかかり仕 【OKWAVE】

こうして人気絶頂だった漫才師は、事務所を移籍。
しかし「サブローシローが出るなら吉本の芸人は出せない」圧力に露出がなくなり、当然のことながら東京進出に失敗。
「元SMAPの◯◯を出すならTOKIOはおたくの局の番組には出せない」みたいな感じですかね。

やがて92年に解散。
片方(サブロー)だけが吉本へ出戻る。

一方、太平シローは解散後、

参議院議員選挙に出馬するが落選。
この辺り、精神的に不安定になっていたイメージですが。

早逝、その後

その後1999年、シローも吉本へ戻るがコンビの復活はなかった。
サブローはタレントとして今も活躍、シローはそのまま作家として。
太平かつみ(ぼよよ~んの旦那)もシローの弟子。
そして2012年、太平シロー急死。享年55歳。
www.asagei.com

太平サブロー氏は、上沼恵美子の横で現在も活躍中。


もし吉本から独立を企まなかったら、太平サブローシローはもっと大阪で売れ、明石家さんまが東京でつけた獣道に沿って東京進出も成功していたのかもしれない。
間違いなくそれだけの才能があったコンビだったのに。
少し時代が早かった。
あの当時ってのは、まだまだ関西芸人が東京で成功できる道筋ができていなかった。
間寛平だってダウンタウンだって最初の東京進出は失敗してる。

サブローシローは幼いころカウスボタンと並んで好きな漫才師だったのに、気づけばテレビから消えていたんですよね。
あの当時はネットなんてないから情報も限られていて、芸能マスコミの「霊媒師にお祓いを受けた」「太平シロー失踪」だとかお騒がせのイメージばかり強い。
その後作家になってからは当然表舞台に登場せず、次に知ったのは訃報。


SMAPの場合もジャニーズが抱えてる他のアイドル、タレントが出ないってことになると多くのドラマはスカスカになるし、テレビ局はそういうわけにもいかず……。
事務所がー圧力がーってのは、ジャニーズも大概だけれど吉本もかなりのもの。

まぁ、誰もが知ってる話ですかね。

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