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意識が高く未熟なメディア運営の顛末

WEB

弊メディア『青春基地』は、「10代のためのメディア」をコンセプトとしています。それは、10代の中学生や高校生が、学校生活などの日常において、「自分の思ったこと、感じたこと」を伝えたり、発信したりする機会が少ないのではないかとの思いからです。そこで、メディアをつくる経験を通して、様々な人との出会いから「一次情報」をつかみとり、自分自身で「社会」を学んでいくことを経験してほしいと考えました。

そうした思いから、『青春基地』は、あくまで中学生や高校生が自分たちの「リアル」を発信できる場でありつづけたいと考えています。そのため、今回もまずは当該記事を執筆した高校生の意見をできるかぎり尊重したいとの思いから、何度も本人と話し合いを重ねたところ、編集部に以下の考えを伝えてくれました。

「このたびは多くの方にご迷惑をおかけして申し訳ありません。私自身、反省すべき点は多々ありますが、インタビューで主にお伺いしていたのは無断転載が指摘されている『@Copy__writing』についてではなく、ご自身の言葉で発信している『@No_001_Bitch』についてであり、そのインタビュー内容に私自身が感銘を受けたことには変わりありません。」

編集部としては、熟考を重ねた末、本人の意向を尊重し、当該記事は取り下げず、引き続き掲載させていただきたく思っております。

今回の記事によって不快な思いをされた方々には、心よりお詫び申し上げます。また、無断転載の問題について事前に把握しないまま、記事を配信をしてしまった点についても、重ねてお詫びいたします。
今後、二度とこのような事態が発生しないよう、責任をもって編集にあたってまいります。

んー。
これは日曜朝から、なかなか香ばしいものを読んでしまった。
@Copy__writing=@No_001_Bitchの反広告社の流れも知った上でなら、そりゃあ確信犯ってことすよねー。
それはネットメディアとしてダメだわ。
「釣り、煽り、炎上上等だったんでしょう?」と思われても仕方ない。



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プチクリ

プチクリ!―好き=才能!
ネットという場所は増幅装置。
どんな末端の人間でも発信者になることができる。

下半身問題で追いやられた岡田斗司夫がかつて誰しもがクリエイターになれる「プチクリ」(プチクリエイター)というものを謳ったが、ネットにおいて社会経験もない大学生がブログでそれっぽいことを書くだけで数十万稼ぐことができたり、普通の女性がダイエットブログを書いて稼ぐことだってできる。
手作りアクセサリーを売り、スタンプを売り、情報商材を売る。
誰しもが発信者になれる。
つまりそんな何人かが集まればメディアにだってなれる。

しかしプチクリの問題はその品質が一定しないことだともいえる。
だからこそ情報商材まがいのものも氾濫し、中身のない妄言や裏付けのない空っぽの言葉でも、それなりに支持されてしまう。
そしてメディア未満のものがメディアを名乗ることも許されてしまう。

今回、問題になってる“青春基地”主催の石黒和己氏は「どうして解散するんですか?」のなりすましで大炎上した「僕らの一歩が日本を変える。」へ参加していたことでも知られている。
あぁ、Tehuクンは元気ですかね……。

azanaerunawano5to4.hatenablog.com

石黒和己

石黒氏は、自分なんかよりも圧倒的に賢く圧倒的にキラキラしているんだろうけれど、メディア運営はキラキラしているだけでは成立しない。

若者が発信できるメディアを作りたいと思っているのかもしれない。
しかし若者が発信したい「場所」になるためにはメディア自体が社会と書き手との折り合いをつける判断をしなければならない。
意識が高く行動力があるのは結構だが、多様性のある価値観に対して判断ができていない。

未熟な書き手の判断に対するセイフティネットとしても機能するのもメディアの役割。
何か問題があれば前に立ち責任を負う覚悟だっている。

でなければ、書き手が安心して発信できる「場」にはなりえないし、メディアを名乗る必要もない。
個人で発信して炎上するんだったら、場としてのメディアを通す必要なんてない。
書き手に対してどんな「場」を提供するつもりなんだろう?


にも拘わらずメディアの運営自体が未熟な見解しか持っていない。
炎上を横目に、それもバズの一つと捉える程度の見識ならメディアを名乗る価値はない。
文責に関しても、大して重いとは感じていないように見える。

だからこそ今回のような事態に陥るのも納得できる。
プチクリのネットに生まれた未熟なメディアもどきが、未熟な書き手の判断を支持し発表した顛末。

意識が高いメディア

“青春基地”自体は、素晴らしい展望や理想を持っているのかもしれない。
しかし実際は、未熟な運営が未熟な判断で掲載し、結果反発を受けたけれど、反応がどうあれ自分たちのの判断は間違っていないという信念があるようにしか見えない。
発信するメディアは一般社会に向けて発信を行うのだから、一般社会がどう受け止めるかも考えなければならないだろう。

単に己の考えを押し付けようと一方的に書きなぐるだけなら、そんなものはメディアではなくアジテーション。
未熟な発信は個人ブログでやる分には構いはしないが、己でメディアを名乗るのであれば文責も本気で捉えなければならない。
発表することに対し適宜判断を行う機能がバカになっているメディアから、発信したいと思うのは炎上上等な人間だけ(まぁ、そういう質の悪い書き手が山ほどいるからネットってのは、どーしようもない地獄なんだが)。
冒頭の文に

責任をもって編集にあたってまいります

とあるけれど、メディアを運営することの「責任」というのは炎上したとき的のハズれた謝罪文を掲げることではないですよ?

あれだけ反響があっても第二弾を発表するのかしら。
その辺も期待したいのだけれど、どちらにしろ“青春基地”というメディアもどきは続くのだし、これからのメディアのかたちを本気で考えるのか、それともどっかの高知の大将みたいにゲスな金稼ぎに走る俗悪発信者になるのか、低俗バイラルのようなバズだけを考える薄らキラキラメディアになっていくのか。

最近は、どこもかしこもメディアもどきばかりが目立ちますがね。


にしても「意識が高い=炎上上等」になってしまっているこの現状自体を、まず意識の高い人らが自身で疑問視しなければならないと思うんだが……。
多様性を認めようといいつつ、自分の考えだけを押し付ける姿勢が多いものなぁ。
若者であるというのは未熟であるということの特権性を持ってはいても、仮に己らがメディアを名乗るのであればそれを言い訳にするわけにはいかないというのをわかってるのかしらね……。