ウチが京都弁でブログを書かへん理由

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photo by Moyan_Brenn

kopelani.hatenablog.jp
やっぱりこうやって突っ込みどころがある方が盛り上がるんやろうねぇ。
ちなみにやけど、昔関西弁でブログを書いたら「エセ関西弁」ってコメントがついてね。

生まれも育ちもずっと京都市内やってんけどねぇ。
そんなこと言われてもしらんがな。

ほな、ネタにマジレスしときますわ。



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言文一致

もう何年ばかりになるか知らん、余程前のことだ。何か一つ書いて見たいとは思つたが、元來の文章下手で皆目方角が分らぬ。そこで、坪内先生の許へ行つて、何うしたらよからうかと話して見ると、君は圓朝の落語を知つてゐよう、あの圓朝の落語通りに書いて見たら何うかといふ。
 で、仰せの儘にやつて見た。所が自分は東京者であるからいふ迄もなく東京辯だ。即ち東京辯の作物が一つ出來た譯だ。早速、先生の許へ持つて行くと、篤と目を通して居られたが、忽ち礑はたと膝を打つて、これでいゝ、その儘でいゝ、生じつか直したりなんぞせぬ方がいゝ、とかう仰有おつしやる。
二葉亭四迷 余が言文一致の由來

明治時代のことやねんけど言文一致運動言うんがあった、
これは口語文と文語文を同じに……つまり口語文で文章を書こう言う運動やねんけど、この運動があって以降、いまはこれが一般的になって書かれる文章のほとんどは口語文になった。
古式ゆかしい文語文で書こういうひとは、滅多にいてはらへん。

せやけど、書くのは口語文やったとしてもあんまり関西弁では書かはらへんひとが多い。
これはなんでか?言うたら関西弁はイントネーションとかアクセントが重要な話し言葉やから。
書き言葉には向いてへんからやねんよね。
関西弁の書き言葉は、話すときの音をそのまま文字に落としこむしかあれへん。

ブログであれなんであれ文章を書いて相手に伝えるんやから誰が読んでも分かるようにしたいんが当然のことやん?
せやから「どの地方の人が読んでも分かるように」書くんであれば、表記文字として通じる標準的な言語を使うんはあたりまえのこととちゃうんかな。
「あれ、チャウチャウちゃう?」
「ちゃうちゃう、チャウチャウちゃうんちゃう?」
「チャウチャウちゃう?」
「ちゃうちゃう」
なんて書き言葉やないからこそ成り立つんやんか。
せやろ?

LISTIG・WRITING

そもそも「話す」ことと「書く・読む」はちゃうことやねんよね。
同じ言語であってもライティングとヒアリングがちゃうのは当たり前。
昔は言葉を話せても書けへんひとがいっぱい居はったんも、話すことと書くことはちゃうことやからやね。
いまは義務教育で識字率が上がったからみんな気づかへんねんけど。

関西弁がうさんくさいんかどうかは知らへんし、書き言葉で方言の特色を出すのもえぇけどそれは伝わるのが前提やからね。
せっかく書いたのに伝わらへんかったら意味があれへんねんから。

そんな感じちゃうんかいなと思うねんけど。
ところでぶぶ漬けでもどうです?
え?
いらへん?
あ、ほんまに?そらしゃーないなぁ。

ほなね。

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