「甘々と稲妻」と美味しさの表現と

甘々と稲妻(1) (アフタヌーンコミックス)

人気の料理マンガ「甘々と稲妻」を読んでいるんだけれど、そのアマゾンレビューをつらつら見てたら

★☆☆☆☆ おいしそうに見えない不思議, 2015/3/10
投稿者 辛口紳士
 
知人に借りて4巻一気読みしたが、どうもピンとこなかった。

画が雑で見にくく、肝心の料理がおいしそうに見えない。
Amazon.co.jp: 甘々と稲妻(4) (アフタヌーンKC)の 辛口紳士さんのレビュー

こんなレビューがついていた。

この辛口紳士という人物はどのレビューも星1つか2つなので悪口だけをいいたいひとなんだろうけど、この料理マンガにおいて「料理が美味しそうに見える」ことに関して少し。



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美味しさの眼に見えない尺度

マンガでの「美味しさ」の表現は難しい。
なにせ味は文字として正確に表示できない。
だからこそ食べたリアクションや情報で表現する。

たとえば「美味しんぼ」であればどちらが美味しいのかという理由としてうんちくを持ち出す。
「〇〇で☓☓でこだわっているから(希少だから、高級だから)」なので美味しい、という説得力になる。
「ミスター味っ子」であれば食べたときのリアクションでそれを表現する。

ディフォルメされた味王の美味しさの表現により、読者・視聴者にはすごさが伝わる。

「食戟のソーマ」も同じ。
おはだけの度合いによって美味しさの段階が読者に伝わるようにできている。

喪失の物語

「甘々と稲妻」は、妻をなくした教師の主人公が娘に美味しい手料理を食べさせるため女子高生の手を借り、料理に悪戦苦闘しながらその魅力に目覚めていく作品。
ところが「食戟のソーマ」や「ミスター味っ子」と違い、このマンガでの美味しさ表現は比較を必要としない。
これが勝負であれば「どちらが味として上なのか」が必要になるので、美味しさに段階が必要だけれど、「甘々と稲妻」の場合、美味しさは重要ではない、というよりも出来上がった料理は必ず「美味しい」。
なにせ父親が娘のことを思って、女子高生の協力を得て作った料理は、制作過程も正しく、愛情も込められている。
だから必ずおいしく仕上がる。


美味しそうに見えるか見えないか、というのは「甘々と稲妻」では、その前にある過程にこそある。
親と娘、そして母親から教えてもらったレシピで女子高生の3人が悪戦苦闘しながら料理に向かう。
そこにはベテラン料理人や突飛な調理法はなくて、お好み焼きが空を飛んだり*1、ハンバーグをドラム缶に巻きつけたりはせず*2、カレーに麻薬に近い物質が入っていたりもしない*3

ごく普通の家庭料理をごく普通の一般人が作る。
包丁で野菜を切ることすらドキドキしながら、脇では子供が騒ぎ、慣れない料理に苦労しながら。
しかしそこに娘に対する父親の愛情や母親から聞いたレシピを完成させようとする娘の思いがあるからこそ(という過程を表現しているからこそ)最後の料理は必ず美味しい。
美味かどうかではなく、気持ちが入っているから美味しい。

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※甘々と稲妻 5巻/その25 夜空の下のほくほくコロッケ

「甘々と稲妻」では、事件は全て行き違いや思いやりに発する。
それらを解決するのは「調理」「料理」。
一緒に料理をつくることで親子関係は修復するし、心のもやもやも解消される。
美味しそうに食べる娘、その様子を見つめる父親の眼差し。

辛口紳士というレビューワーが本当に美味しくなさそうと思っているのか、それとも単に文句をつけたいだけなのかわからないが、少なくとも料理に至る調理過程を理解していなければ最後の料理は美味しく見えない。

「甘々と稲妻」は、料理を美味しそうに見せ美味しさを感じさせようという漫画じゃない。
調理による子供と父親とのコミュニケーション。
食育とその結果できあがる愛情たっぷりの料理がメイン。
さまざまな喪失を埋めるため、親と子で一緒に作り補いあう。

比較するものはないが「甘々と稲妻」に登場する料理は他のどんなものより特別で格段に美味しい料理ばかりともいえる。

*1:一本包丁満太郎

*2:スーパーくいしん坊

*3:包丁人味平