最後の手段は「死ぬこと」ではなく「逃げること」

「やめろー!人生は最後の武器だ、無駄弾を撃つんじゃない」
「しかし、死んでゆきます」
「だから何だというんだ!?逃げるのか?諦めるのか?一生を闇の中で過ごすのか?」
221B戦記/筋肉少女帯

昔のアニメや特撮で見かけた設定。
悪は、最後の最後で爆発する。



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最後の爆発

あの爆発が主人公らを巻き込むための仕掛けなのか、それともザクの核融合炉がビームサーベルで貫通したのに近いのか、定かではないがともかく可燃性のなさそうな怪人ですら爆発した。
さらには悪の基地には自爆スイッチがあり、自爆=悪の美学というザ・クリスタルナイツ・ネクライムも真っ青な価値観さえ存在する。
仮が悪が司直の手で逮捕されてしまう現実的展開は子供向け番組としては世界観の崩壊すら招きかねず、幼稚園バスをジャックした怪人はやはり爆破して雲散霧消するしか無い。
爆破することで悪をなかったことにするのが、最も簡潔な処理だったんだろう。

一般意志2.0

ネットの素晴らしさの一つはひとつことに対して様々な意見を述べることができる場が存在することだと思っている。
どんなにクソな政策であろうがネットのないころはデモ行進や新聞投稿でなんとか持論を広めようと画策し、そうでもなければ自分の意見を周囲数人に伝えるのがせいぜい。
ところがインターネットが急速に発展。
あれよあれよという間に有象無象がネットを介し己の意見を発信し始め、あずまんのいう「一般意志2.0」なんて未来がくるかと思いきや現実はゲスく生々しい「一般意志」が表出するだけだったのは人間が残念な仕様だから仕方ないとしても、いち個人の意見が数万~数十数百万人に読まれる機会が与えられているというのはそれだけでもインターネットには存在価値を感じる。

そんなインターネットは、現実から乖離しているからいいともいえる。
たとえばどれだけ女性蔑視的なことを書こうがしばらく燃えれば皆忘れる。だからこそ作家を目指すだの後輩を育てるだのと言いつつ、平然と女性蔑視の記事を書き炎上狙いの記事を投下するような、いつまでたっても精神年齢青二才のままのガキも生きていける。

たまに「ブログをやめようかと思います」と涙涙の記事を書くひともいるがブログなんて書きたいときに書きやめたいときにやめればいい。
強制されているわけでもなく、命がかかってるわけでもない。
わざわざやめる理由を滔々と述べなくてもそれはそれで構わないと思うが、やめる理由もまたコンテンツになると考えればそれはそれでアリなのかもしれない。

燃えて疲れて嫌になればやめればいい。じゃあまた明日な。
好きなときにまた書き始め「おめおめと戻ってまいりました」といえばそれで足りる。
気が向いたら読んでおくわ。

匿名と実名

インターネットは、現実ではない。
しかし実名主義でインターネットを自身の人生の敷衍として使ってる方々はそうはいかない。
自分の一部がインターネットに繋がり露呈してる。
どんな思考でどんな趣味嗜好なのか。
そしてインターネットの上で事件を起こし、その選択として「自死」を選ぶ輩が存在する。

人間が何のために存在し何のために生きているかなんてコギトエルゴスムの時代から問われ続け、遺伝子の乗り物でしかないというドーキンス的なニヒリスティックな理解をしなくたって、人間はそれぞれに生きる理由を模索しそれなりの答えを決め生きてる。
のほほんと生かされているから生きていてもそれは理由だし、死ぬまでの暇つぶしであれ、それもまた生きる理由のひとつ。
ご立派な理由は必要ない。
生きる上で己が存在するために小さくても何かしら意味が存在すればそれは生きる理由たり得る。

レバレッジ

gigazine.net
以前、ブログが炎上して自殺した議員がいた。
こちらの場合、厳密には炎上は起因で、その後の加熱する報道が自殺の要因だと思うのだが、ネット炎上が自死に一役を買ってしまったのは事実。
ネットを現実の敷衍と位置づけてしまえば、ネットの評価や反応は現実に返ることもある。
そして追いつめられてしまった。


ネットは現実の敷衍として利用すればレバレッジをかけることもできる。
大した才もないただの大学生が無為にフリーランスを名乗り「ブログで食う」と叫べるのもその一つ。

そしてどれだけ無為な発言であれそんなものが拡散されてしまうのもレバレッジの悪影響であり、凡百の人間であれ一言居士として注目もされ、世に名のある人ならさらに大きなレバレッジをかけることもできる。
その辺りは株取引と変わらない。
レバレッジはどんなことであれ増幅する。それが良かろうが悪かろうが。
しくじっても成功しても等しく増幅される。

最後の手段

「少年の頃、お前はテレビを見なかったのか?」
「見ました」
「思いだせ、彼らは絶対の危機の時にどうした?もうダメだ!というその時、彼らはどうした? 答えろ!」
「タチムカッタ」
「ならばお前もそうすればいい、それをやれ!」
221B戦記/筋肉少女帯

誰でも、しくじることはある。
どうしようもなくなったそのとき、ネットにおいての最後の手段は「ネットをやめること」
現実では逃げることが難しいことだってあるがネットでは逃げることだって出来ないことじゃない。
死を選ぶことでは決して無い。

何かあれば自爆などせず迷わず逃げるのがいい。
消えたところで誰も責めもしない。
責めていたところでネットを見なければ、その声も届かない。
ネット上の自爆は痛くも痒くもない。

現実世界のように立ち向かわなくてもいい。
ネットだからこそ逃避は容易にできる。死ぬよりよほどいい。

残弾数、ゼロ

自分が死ぬことに、逃げることよりプライオリティを与えてしまうような人間が、その考えを増幅し撒き散らすのは、まるで伝染性の病を感染させる印象すらある。

腐臭を放つ己の歪んだ思考や歪んだ悪意にレバレッジを掛けてバラまくような人間にかける言葉は何もない。
残念なメンヘラが悪なのではなく、撒き散らすことに嫌悪を感じる。
それに対し何も感じない人間にも、また同じことしか思わない。

ネットは繋がるべきでないひとにまで繋がってしまう。
暗い思考は伝染性を持つ。
だからこそ撒くべきではない。コンテンツにするべきでもない。
そんなことすら想像も出来ないなら頭に斧をつき立てたまま黙ってるがいい。

最後の聖戦
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