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自分を守るためならどんな無茶な理論も組み立てるやつは、やっぱり薄い

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※はてなっぽい記事です
さんざはてブに執着し、多更新で生活ジャンルを腐海に沈め、はてブを毀損しまくったにも関わらず今となっては「ブロガーはホットエントリーから脱しよう!」などとどの面下げて語れるんだか、まさにオポチュニスト*1の称号をさしあげたいものだが、それはともかく、どうにも最近は自分を擁護するためならどんなにおかしな論理でも気にしない輩が多い。

ここから話は変わる。



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ブログには中身のあることを書こう、いや中身なんてなくてもいいのだ、などという話を見ているとその視点が書き手の側にしかなく、本来であれば記事の中身があるかないかは読み手が決めるものであり、書き手が中味のないものを書いて利益になることはなく、中身のあるようなことを懸命に書いてようやく中身があると認めてもらえるのがせいぜい。
中身が無い記事を狙って書いて、本当に中身が無いのでは救いがないゴミしか生まない。

中身があろうがなかろうが、面白ければそれが正解だが、面白くもおかしくもなく、自分のエゴを弁護するためだけにキーボードを叩き、さらに中身が無いのでは本当にどうしようもない。
批判を受ければ批判する奴が悪いと書き、中身がないと言われれば中身がなくてもいいと書き、ブックマークが欲しければブックマークを叫び、ブックマークの価値が落ちれば脱ブクマを叫ぶ。
コメントや環境、状況に応じていちいち自己を理論武装しなければならないブログの書き手というのは、果たして誰のために書いているのか不思議でならない。
何のために書いてるのか。
論理破綻して墓穴を掘りまくるくらいなら、もう書かないのが一番賢いやり方だとしか思えないのだが。

虚勢を張って誰かを貶めてみたところで事実は変わらず、どれだけ自己弁護を繰り広げようが薄っぺらい記事はやはり薄っぺらい。
「これは狙って書いてるんだ」
とドヤ顔したいかもしれないが、読み手だって作為かどうかくらい分かる。
「こう書けばわからないだろう」とでも読み手をバカにしてるのかもしれないがとんでもない勘違い。
「中味のない記事を書こう!中身がなくても支持されるんだ!」などとひとに勧めて一体何をしたいのか。
自分で書いてることがおかしいことすらわからないくらい自分を守りたいらしい。

別に多更新が悪いとは言わないが、一日に何度も何度も記事を書くから伴わない中身が強調されるんだろうにそんなこともわからない辺りが痛々しい。

自己弁護自体が薄っぺらいメタな残念さが滲んでならないが、話が通じない相手になにを言っても仕方ない。
もうあの手のは、放っておいたほうがいいと思うんだが。
早くアプリからメタブできる機能を実装してくれないものか。

【参考】
paradisecircus69のはてなブックマーク

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*1:御都合主義者。日和見主義者