「要するに『フリースタイルダンジョン』でしょ?」 ユリイカ6月号 特集:日本語ラップ

ユリイカ 2016年6月号 特集=日本語ラップ

オフィス街の書店というのは、紋切り型の自己啓発書や毎回似たような中身のビジネス書が山積みのクセにこういう本を置いてない。
数件書店をハシゴしてようやく見つけ、昼飯食べつつ読んでみた。



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FREE STYLE

日本語ラップ特集ということで最近人気の「フリースタイルダンジョン」(以下、FSD)仕掛け人のZeebraインタビューにオールドスクーラーとしていとうせいこう。ダンジョンの大ボス般若。
漢a.k.a.GAMIはANARCHYとあまり近寄りたくない二人で対談企画。
服部昇大「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」も載ってる。


あれ?クイックジャパンだっけ……いや、ユリイカか。
と表紙を二度見しそうになる内容。
読み応えはかなりのもの。

液状化する世界の境界に立つ者共


(菊地成孔)あのね、『ユリイカ』っていう雑誌があるんですよね。これは何と言うか「サブカル」とも呼べない、もっと本当にメインカルチャーに近い、アカデミズムに近い……もともとは詩の雑誌だったんですけど。最近は何でもやりますけどね。『ユリイカ』も軟派になって。『ユリイカ』が日本語ヒップホップ特集をやるんだという。で、原稿の依頼が来まして。で、「うーん……」っていろいろ考えたんですけど。他のコンテンツなんか読んでも、大先輩の方や、逆に言語学者の方とか。

(OMSB)ああー。

(菊地成孔)そういう人たちがいっぱい出てきて。「これはひょっとすると、よくあるインテリが不良の文化を語りたガール、みたいなパターンだったらクソだな」と思って。まあ原稿を書くのを止めて提案したんですよ、編集部に。「ラジオをやっていて……」って。まあ、編集部も当然聞いているんですけど。「あの3人で鼎談して。3人とも、ある意味現状のヒップホップ界から言うとボーダーライナーっていうか、どこにも属さないところで力を生み出しているタイプだと思うんで。その3人の鼎談なんか、どうですか?」って言ったら、もう大喜びで。「えっ、集まっていただけるんですか?」って感じでですね(笑)。

(OMSB)(笑)

(菊地成孔)『ユリイカ』で鼎談をしております。

(MOE)イエーッ!

(菊地成孔)結構長くしゃべりましたよね。

(MOE)そうですね。

(菊地成孔)話のテーマはあっちゃこっちゃ、随分話したけど。まずはとにかく、『ユリイカ』とか言ってるけど、『フリースタイルダンジョン』でしょ?っていうことで(笑)。
菊地成孔 雑誌『ユリイカ』日本語ヒップホップ特集を語る

一番楽しみにしていたジャズミュージシャン兼ラッパー菊地成孔x元SIMILABのOMSBx見た目と違いバスタ・ライムスとプロレスが好きなMOE AND THE GHOSTのMOEさんの鼎談。

非常に面白いので是非読んでいただきたいんだけれども、シーンに対する重要な指摘として

ヤンキーとオタクという対立項は、基本的には移民がおらず、国境がないわが国における唯一にして最大の抗争なんだけれども、部分的に液状化していることも間違いない。
(中略)
ロックでも文化系ははっぴいえんどを聴いて、ヤンキーはキャロルを聴くと。ヤンキー対オタクという構図は反復運動として連綿と続いてる。ワタシはヤンキーとオタクは同種亜目というか、同じものだと思うんだけど、実は『フリースタイルダンジョン』はそのことも明確にした

という指摘は面白いなぁ、と。

たしかにラップというのはいわゆるストリートから始まり、ゴールデンエイジを経て、ATCQ*1がジャズをトラックとして用いた時代、ニュースクールとして登場したネイティブタンの中でデ・ラ・ソウルはそれまでのイメージと異なるナードなラップの方向性を示した。

いわゆるクラスのイケてないやつのラップ。
トラックも非常にポップでとても聴きやすい。

この後、ギャングスタへとラップは進んでいくけれども、この文化系ラップの流れはその後も残り、ロック界で言うとベックがシングル「LOOSER」でローファイなサウンドに昇華したのはとても大きかったように感じる。

同じミクスチャーでもマッチョなレッチリやでアナーキズムなRATM*2とは違う。
ベックのそれはやはり文化系ラップの線状にあると思える。
カニエ・ウエストもマッチョなヤンキーイズムを感じさせつつもやはりインテリジェンスが強い。ナードではないがインテリジェンスがある。あの辺はヤシーンベイなんかを考えないといけないかもしれないけど(割愛)。
 

メジャーシーンとラップ

そして日本では、やはりというか先鋭化したアングラのラップシーンにて、ヤンキーイズムとストリート系が混ざり合い「悪そうなやつはだいたい友だち」なラップシーンが形成され、一方メジャーシーンではポップスの皮を被ったEAST ENDxYURI「DA.YO.NE.」やスチャとオザケンの「今夜はブギーバック」、そしてRIP SLYMEが大ヒットを飛ばしラップに市民権を与える。
とまれアングラでヤンキーイズムなラップ界と比べ、ナンパなイメージの文化系ラップとの大きな溝はあったように思う。
トラックにしろメジャー系は、レゲエっぽいサウンドのアップテンポなものが多い。


今のFSDでは、キャラ化されたラッパーはダンジョンのモンスターとしてテレビに登場し、MCバトルに手に汗を握って観客はあのリリックがすごかったとか、フローがやっぱ一枚上手だったなどと語る。

ヤンキーイズムでありながらもナードなカルチャーでもある。
だからこそヤンキーイズムに馴染めなさそうなネット民でもFSDにはハマることができる。

対決、バトルはもちろんヤンキーイズムな漢の世界だけれど、ラッパーがキャラ化して勝ち抜きゲームと化し、言葉で相手を削りあう競技にカリカチュアライズされた途端にナードにも受容される液状化を果たした、と。
ここに受け入れられた側面があるのかもしれない。
ヤンキーイズムをベースにファンタジックな特殊能力を乗っけたワンピースがあらゆる層に受け入れられたように。

ertb.hateblo.jp

さらにFSD流行りで気になるのは、このムーブメントが終わったときにどれだけ生き延びるのか、シーンとして根付くのかって話。
上記リンク記事の方が以前にラップのコンテクストの受容のされ方がヒップホップではなく局所的すぎてシーンとしてどうなの?という話を書いておられたけれども。
なにせ今の流行りはヒップホップでもなければラップでもなくあくまでもMCバトル。

ヒットチャートは相変わらずアイドルが占め、ライムベリーやリリスクなどアイドルがラップを歌い、お笑い芸人がラップを歌う。
キャラ化されたラッパーはダンジョンのモンスターとしてテレビに登場し、MCバトルに手に汗を握って観客はあのリリックがすごかったとか、フローがやっぱ一枚上手だったなどと語る。
しかしそこからMCバトルではなく病める無限のブッダの世界やあるいはケンドリック・ラマーに行くかどうか、となるとまた話しは違う。
なにせキャラ化されたラッパー同士の戦いが好きなわけであって根本的にラップミュージックが好きなわけじゃあない。
ヤンキーイズム横溢する日本語ラップがメジャーに受容されるのは難しい。

日本で受容されるのは「愛」や「恋」
ロックだって流行るのはどれもこれもラブソングばかり。
Mステで歌うロッカーはほとんどが君のことが好きだとか君に逢いたいとか君と何度でも恋をするとか、どこにロックがあるんだか、あれはロックじゃなくポップソングと言うんだが、尖ったロックは受容されない。

社会風刺やメッセージ性の強いものに対して冷めてしまうのが日本の受容。
だからこそ三木道三「Lifetime Respect」は広く受け入れられた。

最後に

(閑話休題……話が逸れ過ぎた)

ヤンキー対オタクの最終戦争が液状化したFSDというドロドロの試合の中で果たして何が残っていくのか。
今の日本語ラップシーンを考える上でとても示唆的な中身になっておりましたよ。
かなり面白かったのでこの週末、続きを読みます。

一度しか読んでないので誤読の可能性は充分あるけれど(失礼)
自身の目で確認していただければいいかな、と。

"要するに『フリースタイルダンジョン』でしょ?『ユリイカ』(笑)ということで(笑)、『ユリイカ』がそんな『TV Bros.』みてえなことしていいのかよ。え?『ユリイカ』(笑)"

まぁ、菊地氏のこの言葉に集約されてる気がしなくもない。


では、N/K a.k.a.菊地成孔のJAZZ DOMMUNISITER「DRIVE」でお別れです。
また次回。

ユリイカ 2016年6月号 特集=日本語ラップ
いとうせいこう ZEEBRA 般若 漢a.k.a.GAMI KOHH
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*1:ア・トライブ・コールド・クエスト

*2:レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン