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失われたものはいったい何か? 映画「妻への家路」

中国の巨匠、チャン・イーモウ監督が切ない夫婦を描いたドラマ。文化大革命が終結し、20年ぶりに妻と再会する夫。しかし、妻は心労のあまり夫の記憶を失っていた。夫は愛する妻に寄り添い、何とか自分のことを思い出してもらおうと奮闘するが…。

チャン・イーモウxコン・リー。

チャン・イーモウ監督は以前「初恋のきた道」でも文化大革命当時の中国を描いたことがある。

タイトルが「家への旅路」ではなく「家路」の先が「妻」なので何か違和感があったのだけれど観てみて容易に氷解した。



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記憶喪失

文革により、逃走犯の夫を共産党に奪われるコン・リー演じる妻。
逃走中の夫を密告したのは娘。

やがて文革は終わる。
20年後、夫は迎えに来た娘の案内で娘が住む寮に案内されるが少しでも早く妻に会いたいという。
何も言わない娘。

家に帰ってみるとそこには少し老いた妻の姿。愛する夫が帰っても反応しない妻。
あげく「あなたは誰?」と言う始末。
心因性の健忘症によって夫のことを忘れた妻。
夫はさまざまな手段を使い妻の記憶を取り戻させ、自分のことを伝えようとするが、というお話。
 
 

文化大革命

文革を知らなくても見ることはできるが、知っていれば背景がよくわかる。
1958年、中国共産党中央委員だった毛沢東は農工業など経済面において中国が世界で存在感を示すべく大躍進政策を打ち上げる。
しかし政府主導で無理に増産をしようとした結果、土地は痩せ、飢饉が発生、多くの死者が出た。
 
大躍進政策の失敗により毛沢東は主席の座を追われ、劉少奇・鄧小平に取って代わられる。
そして劉少奇・鄧小平は疲弊した中国の経済立て直しを図るべく市場経済を段階的に導入。
 
毛沢東は、その方針を共産主義から資本主義への修正だと糾弾。
紅衛兵や民衆を焚き付け、政権奪取に乗り出す。
そしてそんな中で多くの共産党幹部や知識層が半革命分子だと糾弾され殺害、あるいは投獄される。
この際多くの文化財が破壊され本が焼かれた。

この文化大革命は毛沢東が死ぬ1976年まで続くことになる。

失われたもの

夫は知識人であり、文化大革命によって理不尽に拘束される(劇中、フランス語なども話せるシーンがあり教育の程度が高いことが示される)。

文革が終わり、不穏分子として拘束されていた夫が帰っても、それを理解できない妻。
会いたかった夫が目の前にいるのに記憶障害により、夫だと認識できない。
「妻への家路」とはよく名付けたもので、物理的に夫が帰っていても妻の記憶は未だに文革当時のまま。
夫のことを別人の「方さん」だと思い込んでしまっている。

妻は、娘が自分の欲(バレエで主役の座が欲しくて)のために夫を売ったことを許しておらず、文革が終わっても妻の魂はまだ文革に囚われている。
だから目の前に夫がいてもそれを認識することができない。


大躍進政策の失敗を取り戻すべく独裁者が暴走した結果、多くの知識人が投獄された文化大革命。
それにより失われた多くのもの。

一人の男の政治的な行為によって多くの命が失われ、多くの人々が人生を大きく変えた。

記憶が戻らない妻とそれを取り戻そうとする夫の姿。
文革によって失われもう二度と返らない多くのものの暗喩があるようにも思える。

「初恋のきた道」とは、また違う方向から文革を描いた一作。


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