ロックと政治と飯

ロックに政治的メッセージなんていらないんだ!というよくわからない声が盛り上がってますが、ロックの源流を探れば“火の玉ロック”ジェリー・リー・ルイスやプレスリーなど必ずしもメッセージ性があったわけではなく、とまれそのルーツをさらに辿れば当然ながらフィールドハラーなどをベースにしたとされるブルースなどに行き着くわけですからメッセージ性は強くなる。

社会性、政治、思想。
どう言い換えても
「エンタメに現実的な事象を持ち込んでほしくない」
という声は日本のエンタメの根本がモラトリアムだからだろう。

日本で売れてる楽曲のほとんどには個人主義的な愛や恋。
そこに現実的社会的政治的な主義主張はいらない。
「逢いたくて恋しくて震える」と歌うなら共感しても「あの中産階級のガキどもをぶちのめすために*1」と歌えば聞き手は限られる。



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パンク

頭脳警察1(紙ジャケット仕様)
日本においては、1960年代安保の折りにフォークソングがかつてのメッセージを担うプロテストソング的な役割を果たしていたし、パンクロックに関しても頭脳警察やINUなど非常にメッセージ性の強いバンドも多かった。
しかし時が過ぎ、学生運動が終焉を迎え「歌でメッセージを伝えるなんてダサい」というしらけ世代を経て日本のエンタメは総じて形骸化した。
先日のサブカルチャー史でも紹介されていたいとうせいこう「噂だけの世紀末」から少し引用しますが、

いきづまってると思っていたのは
いきづまってる噂のしわざ
さしせまってると思っていたのは
さしせまってる噂のしわざ

形骸化している、中身が伴わない。
上辺だけの危機、上辺だけの世紀末。

本気になるだなんてダサい。
メッセージソングなんてダサい。
時代は高度経済成長期からバブルを過ぎて、肥大化したキャピタリズムにより一層形骸化が進んだ。

アナーキー・イン・ザ・UK

Queen Is Dead

英パンクは明確に労働者階級(ワーキングクラス)とそれに対する上流階級並びにサッチャリズムを想定したカウンターとして成立していたけれど、日本でパンクが隆盛したそのときは1970〜80年代。
一億総中流社会と呼ばれた中産階級主体のそれ。
どれだけ貧乏でもそれなりに食えてしまう。社会保障ガーと叫ぶそのひとは恵まれないわけでもなく、デモ行進の帰りにコンビニでペットボトルのお茶と弁当を買って帰る。

マイノリティはあくまでもパンクであり、パンクだからマイノリティでマイノリティだからパンクという循環構造。
王室やサッチャーのいない日本でのパンクは、だから大人と子供という青春パンクに走らざるをえなかったのかもしれない。

今やわざわざメッセージを歌に乗せてなんて流行らないし、ダサい。それにイギリスみたいに明確な労働者階級の敵がいない。
マックイーンのように王太子のジャケットの裏に卑猥な言葉を縫い付けたり、モリッシーみたくサッチャーが死んでさえ中指を立て続けるような貴族階級へのカウンター。

実際に英国で暮らすようになり、地べた社会に腰を落ち着けてみると、ザ・スミスがサッチャリズムへのカウンターとして機能したバンドだったことがよくわかるし、モリッシーの言葉やマーのギターといった例外的な才能がそこにあったにせよ、やはり時代と添い寝したレアなバンドだったと思うのだ
UK左翼セレブ列伝/ブレイディみかこ


日本で「反原発!」「ファックアベ!」ってのも山ほど見かけるけれど、そんなもん歌に乗せるまでもない。
あなたが大好きだから〜原発はいらない〜♪
清志郎がタイマーズで反原発を歌ってた頃とは事情も違う。

フジロックというフェスはサマーソニックなどと比べても、もともと思想的な偏りはかなり強いフェスだと思える。
マッシブアタックは、ステージ背後のスクリーンに世界の核兵器の数を大写しにしたこともあったし、フジの片隅で反原発なブースも行われていた。また制服向上委員会が狂言を演じたのも思い出す。
右に左に忙しい。

そもそもフジの英霊は、ジョー・ストラマーに忌野清志郎。
ロンドンコーリングとタイマーズを掲げるフェスが政治、社会、思想的に中庸などというのは幻想だろう。

種明かし

RATMのメンバーは歌詞を検閲する団体への抗議として全裸になり、口をガムテープで塞ぎ演奏もせずに15分間立ち尽くした。
スーパーボウルのステージでビヨンセはブラックパンサーなどに対するオマージュを捧げるパフォーマンスを見せ、警察への批判だと抗議を受けた。
フジロック常連のアジアン・ダヴ・ファウンデーションはゴリゴリに社会風刺や政治的メッセージを歌う。

ミュージシャンが政治思想的なパフォーマンスを行うことを列挙するのは枚挙にいとまがない。
これが仮にロックインジャパンフェスだとかTOKYO IDOL FESTIVALなら理解もできるが伝統的に偏りのあるフジではどうにも筋が悪く感じる。
……とここまでは言いたかったので、本筋に乗っかってみた。


実は今回の件、こういう筋で語るのは違うように感じる(ダブスタではなく)。

引っかかるのは、いちいち火をつけて回っているのが、元々思想的に偏向してるまとめ主guda(ryであり、自まとめをトゥギャッターの別垢で取り上げ喜々としてろくな裏付けもない手前勝手な持論を展開するセルフ炎上ロンダリングをしている縮図だったりするわけで、毎度のことながら辟易とする。
地方DISに飽きたからってブログのコメント欄は塞いでるくせに、今度はロック界隈を燃やし、自まとめロンダリングして炎上でばかりメシを食う。
炎上でメシ食うなメシ食うなメシ食うな。


今回、違和感を訴えている人の多くは「ミュージシャンの政治思想的パフォーマンス」ではなく「政治思想的な人のパフォーマンスがフェスで行われること」であり、その辺を混同するからおかしなことになる。

つまり政治家や思想的な発言をするだけの人がステージに上るんじゃないか?と感じた人らが「それはやだなー」と言ったんであって、ロックとは政治的なものであるだのミュージシャンの政治的パフォーマンスに違和感を感じたわけでもない。
ミュージシャンでもないのにステージに上ってなんかやられたんでは、オアシスで飯食いますよ、その時間って話のはずなのにどんどんズレていってる。

だから気づけば本職アジカンのゴッチが出てきてあれこれ言うのもなんか違和感を感じる。
というか、こうやって出てきて発言するから、本来のところからズレた話が補強されてしまう筋の悪さ。
それこそ偏向野郎の掌上、燃えれば燃えるほど小銭が入り笑いが止まらない。
フジロックのことは知ってても、今回のまとめ主がどういう人物かは知らないで言ってるよね(本人はこれを読まないだろうが)。


そもそもSEALDsの人が出るのってアトミックカフェ……。
GYPSY AVALONとかNGOの方ですから、あんな辺境は行きたい人しか行かないので嫌なら行かなきゃいいだけとしか。
フジって行ってないひとにはわからないでしょうがとてつもなく広い。
六回も七回も参戦してますが山奥の方に行ったらグリーンステージに帰ってくるの一苦労。
無駄に体力が減るからまず行かない。

ラップ披露するらしいんで、興味がある人が行けばいいのではないかと思うし、バカでかい会場の隅っこで1人が素人ラップ披露する程度でロックは政治的なんだと真顔で騒ぐほどのことでもない。

言ってみれば、文化祭の部室練の一角でやる出し物規模の話でしかないなのに、文化祭全体のスタンスについての話をする必要があるのかね。

まったく炎上で飯を食うのに加担するだけ。
いやだいやだ。
はい、終わり終わり。

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*1:メシ喰うな!/INU