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イマドキのしあわせな生き方

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日々、働き方や学歴などが話題になることが多い。
引かれたレールの上を走りたくないだの何だの、大学を中退して起業するとかプロブロガーになるなんて話は日常茶飯事。



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先日、過労死した女性もいたが、そういう職場環境があるということも現代社会の一面。
これだけ働き方が多様化する中、未だに旧来的な労働マンセーの先にある過労死やそれを「そんなことすら耐えられないとはプロ失格である(喝!)」といい出すおじいちゃんが登場する。
実にアタマが悪い。

現代の社会は少なくとも「馬車馬のように」働かなくてもそれなりの生き方が維持できるようになった。
なんの責任感もなく声高に社畜だのと批判し新しい生き方だのなんだの叫ぶノマドの残党はやはり害悪でしかないと思うが、それでも旧来的な生き方だけが正しいという時代は既に終わった感じがある。
もちろんそういう幻想にしがみつきたい人たちも多いが。

別に敷かれたレールに乗りたくなければ乗らなくてもいい。
単に代わりのレールに乗るだけだが。

小坂明子が「あなた」を歌っていた時代とは違う。暖炉のある持ち家に夫婦で暮らし、子供が子犬と庭で遊ぶ生活なんて望みもしなければ。

現代はそれなりに生きていてもそれなりに「しあわせ」に生きられる。

先日、テレ東の「ウチついていっていいですか?」を観ていたら、庭師とレゲエバンドでパーカッションをやっているという人物が登場してた。
一階はカウンターだけの小さな飲み屋、その横の狭い階段を登ると雑然とした部屋がありそこで暮らしてる。
普段は庭師の仕事をやり、5時には家にいて、酒を飲み、たまにはバンドをやって暮らす日々。
もちろん贅沢はできないが、友人らが金を出し合い誕生日プレゼントとして電子ドラムをもらったりすることもある。
そんなケセラセラな人生もそれはそれでしあわせだろう。

金は、しあわせな生活を過ごすために使えるアドバンテージではある。
広い住居に住み、贅沢なモノを買い、美味い食事をして、娯楽を買い、安心を買う。
買うためには金がいる。

しかしアメリカに追従した日本の資本主義システムにおいて(先を行く彼の国ほどではないにしろ)上と下との経済格差が99:1の圧倒的差に開いた結果、経済的に恵まれない生活を送る人々はそこから這い上がるべく「身を粉にして働く」のでも「馬車馬のように過労死してでも働く」のではなく「それなりの生活をするためにそれなりに生きる」割り切り方を模索しているように思える。

今さらあがいても手なんて届かない。
なら割り切って居心地の良さを追求する方が手っ取り早い。
なにせ金があっても必ずしも幸せとは限らない。
大金がなくても今の日本は生きられる。
トリックはバレてしまった。

今の日本で贅沢を望まずそれなりに生きるのは難しいことではない。
日本の潤沢な環境に乗っかり物質主義を否定するミニマリストや面倒だからと家族を持たない独身者が増えているのもそんな「それなり」に生きるためかもしれない。
一人ならそれなりで充分生きられる。
家族なんてめんどくさい。
誰かと生きるには少ないが、独りで生きるに充分足りるだけ稼げればいい。

年金はどこまで持つかわからないが、たとえ有名無実になろうとシステムを維持するために搾取したり減額したりするのだろう。
もはやなんのためのシステムなのかわからなくなって来るが。

若年人口が減りAIに仕事を奪われる未来で今の働きがどれだけ影響するのか。

数年もすれば「老後のためのアフィリエイト生活」なんて本が上梓されて話題になるかもしれない。
歳を取ってもネットなら稼げる。

とまれそういうことを謳う輩が搾取する自己啓発やセミナー商法的な構図は残念ながら変わらず、これからは一層増えていくのかもしれない。