「ファッション」と「オシャレな着こなし」は違う

yamayoshi.hatenablog.com

ともあれ、そんな自分が学生時代に認識した「ファッション」とはすなわち、「流行やルールに沿った衣服の組み合わせ」であり、その目的は「周囲に合わせて溶け込む」ことであり、なかには「目立たない程度に独自の着飾り方で自己表現する」人もいる、というものだった。

鷲田 清一「ちぐはぐなからだ」はファッション系定番の一冊。
「服を着る」という行為は誰もが行う日常でありながら、考え方が人により大きく異なる。
この本では、身体性や記号、社会性などファッションに関し「オシャレに服を着る」以上の意味を考えた一冊。



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ちぐはぐな身体

ファッションというと、まず着飾るというイメージがあるが、ファッションとはほんとうは社会を組み立てている規範や価値観との距離感覚であり、ひいてはじぶんとの距離感覚であるとおもう。

衣服は第二の皮膚であると言うけれど、自分という存在、身体と外社会との間に存在するのが衣服。
衣服を着ることで社会に対して自身に記号をまとわせる。


たとえばスーツというのはわかりやすく記号の役割を果たしている。
誰もがカジュアルな衣服の会社でTシャツにデニムなら違和感もないが、誰もがスーツの会社にTシャツにデニムで出社すれば居心地の悪さを感じる。
スーツを着ることで会社組織に帰属する。
制服も同じ機能を持っている。
記号としての意味を持ち、明示的に集団に帰属する衣服をまとうことで己の存在を社会的に明確にする。

記号を身につけるということは、精神にも影響を与える。
監獄実験が有名だが、囚人と看守の役割を与え、その格好をさせると看守役は看守らしくなり囚人は囚人らしくなる。
役割という記号が刷り込まれた制服で身を包むことによって、精神も役割に拘束される。


内側からは「着心地」が挙げられるかと思う。
着心地が悪い服は、その違和感を感じながら着ることになる。
襟までしっかりと閉めたボタンにネクタイ。ピッタリしたスリーピースを身につけると背筋が伸びる。
違和感があることで身体性を拘束する、縛り付ける。
違和感がある、不自然である、その不自然さが自身の身体を抑制し矯正する……いわば社会性に対しての拘束具のような役割を果たしているのかも知れない。

ざっくりと言えば、本書が示しているのは「ファッション」の基礎知識や在り方というより、衣類をまとう「人間の身体という存在」そのものに対する考え方である。――自分には、そのように読めた。

「ちぐはぐな身体」に書かれているのは「イマドキのおしゃれなファッション」や「モテるための10の着こなし」ではない。
果たしてファッションとは何か?
身体にまとう記号としての衣服という存在に関する考察の一冊。

この本を読んでも明日からおしゃれになるわけではない。
だけれども、服というのが単に「誰かにモテるためのツールだ」という安直な考えだけで縛ることが出来ない文化であるというのはよく分かる。
そういう一冊。

なので次はモードと記号論としてロラン・バルトを読んではどうでしょうね?

ロラン・バルト モード論集 (ちくま学芸文庫)
ロラン バルト
筑摩書房
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あと、本書で語られている「着崩す」「ずらす」「はずす」こと、――まとめて “「非風をまぜること」、そこに生じるちぐはぐがかっこいい” という言説は、本文中では別の文脈で引用されていた九鬼周造の「いき」の考え方にもつながるように思えた。ちょうど再読しようと考えていたので、こちらは別の機会に考えてみたい。

粋、イケてるを考察するならジョン・リーランド「ヒップ アメリカにおけるかっこよさの系譜学」を読んでみてはどうだろうか。
かなり分厚いけれど……うぅ。

オシャレとファッション

洒落者たちのイギリス史―騎士の国から紳士の国へ

ついでに記事についたコメントも面白かったので触れてみると、

ファッション音痴が『ちぐはぐな身体』を読んだらいろいろ納得した - ぐるりみち。

ファッションが(世界で初めて都市化した)ロンドンで誕生した理由でもある。都市では知らない人と行き交うことが多くなったので識別するためにファッションが発生した。

2016/10/12 14:39
b.hatena.ne.jp
これに関しては川北稔「イギリス近代史講義」や「洒落者たちのイギリス史―騎士の国から紳士の国へ-」に詳しい。
興味のある方は一読をどうぞ。

十六世紀になると、ロンドンには地方から人がたくさん集まってきて、、道ですれ違うのは見知らぬ人ばかりとなると、いい恰好をしている人が上流階級と見られるようになります。そうなると、なるべく新しいものを取り入れて、他の人と少し差をつけようという、差異化の欲望が出てきます。
こうして、ロンドンがイギリスにおける流行の発信地になっていきます。
イギリス近代史講義/川北稔

匿名性の低い田舎と匿名性の高い都会。
田舎は誰が誰かを知っているからオシャレに着こなそうが「あいつは農家のくせに何やってんだ?」「そんな服を着るなら母さんの看病しろよ」と思われるだけ。
しかし匿名性が高い都会では誰が誰かを知ることがない。
そこでオシャレに着こなすことで自分の身分を上に見せるという行為が発生した。

貴族からすれば庶民が上流階級のふりをしていることは許しがたい。
そこでこの時代は「ぜいたく禁止令」が多く叫ばれた……が効果はなかった。
ぜいたく禁止法が実行力を持ってしまうとイギリスの毛織物の売上が下がり、経済的に悪影響が出ることを恐れた、と言われています。
結局、1603年にイギリス王ジェームズ一世がぜいたく禁止法を全廃することになる。

この辺り、面白いので是非一読を。


ファッション音痴が『ちぐはぐな身体』を読んだらいろいろ納得した - ぐるりみち。

あのね、たぶん・・・おしゃれな人は、そんな難しいこと考えてないよ(´・ω・`)

2016/10/12 00:31
b.hatena.ne.jp
身体性とファッションということに関しておしゃれな人は考えない。

ここで言う「オシャレ」というのは日常を過ごす上での「センスのいい着こなし」

たとえば料理の歴史を知らなくても美味しい料理は作れる。
しかし料理の歴史を調べることは別に無為なことではない。
料理の成り立ちやその背景にあった歴史的な状況を考えることは無駄ではない。
美味しい料理を作れるひとは料理人になれるしレシピ本も出せるかもしれない。
しかし料理の歴史に関する本は出せない。

「ファッション=オシャレ」というだけの一面的な捉え方は果たしてどうだろう?
ファッションとは単に「センスのいい着こなし」ができればそれでいいのか。

哲学をしならくても人生は送れる。
経済学を知らなくても買い物はできる。
ファッションの意味を知らなくてもそれなりの着こなしはできる。
同じだが違う。

「ちぐはぐな身体」を読んでもモテはしない。
おしゃれな着こなしができるわけではない。
109のカリスマ店員やナンパ師は読んでいないでしょう。
単にイマドキの格好をしたいならメンノンでもAneCanでも読んでればいいと思う。

でも服飾文化に関して単に「モテてオシャレと思われるための即物的なツール」以上の意味を考えるヒントを与えてくれる。
デザイナーや服飾学校の生徒やファッションを文化として多面的に捉え、シーズンのランウェイを見ているようなひとは読んでいる定番本だと思う。
普段から「装苑」とか読んでるひとが読むようなイメージかなー。

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